「また腰痛!?」

夕べ、説教準備中から、腰の痛みに襲われている。背中かと思ったら、どうやら腰のようだ。今日一日、静まる気配がない。これでは、楽しみにしていた明日の東海道ウオークに支障が・・・
困った。私のかかり付け医である「わが家のお医者さん」というパソコンソフトで問診した結果は、該当する病気はないということだが。
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by rev_ushioda | 2008-03-30 15:57 | Comments(0)

「牧会30年」

この3月で、私は最初の任地(座間市、栗原伝道所)に立ってから、満30年になる。30年か・・・感慨深いものがある。栗原伝道所は浜崎牧師が開拓され、2年目を過ぎたところだった。古い借家で伝道していた。はす向かいの肉屋から買ってきてくださった「豚漬け」を、「これおいしいのよ」と、お連れ合いのS姉。神学校を卒業してこれから現場に立とうとする私たち夫婦にお昼を振舞ってくれたその味を、今も忘れない。お子さんがまだ小さく、「おしっこ」と言うとS姉はトイレに連れて行く。「会堂は、だれもいなくなるんです。壁に向かって説教するのです」と。ああ、ここに遣わされるのだと、帰り道、歩道橋の上から古びた借家を振り返った。右も左もわからず飛び出していったその秋、めまいで3日間、床に伏した。疲労だった。次の年の3月、牧師任職。借家は狭いので、近くの幼稚園を会場としてお借りした。説教者の朝山牧師がなかなか到着せず、待つ間、奏楽者にずっとピアノを弾いていてもらった・・・
今回、牧会30年を記念?して、4日間の休暇をいただいた。東海道を2日、その後、娘たちからもらった一泊の温泉旅行に、この機会に行くことにした。東海道は、この時に、ちょうど富士にかかるように調整した。そこで矢野先生のお宅(今度の礼拝で伝道所の幕を引くので、あとは「お宅」になる)に、お世話になることにした。
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by rev_ushioda | 2008-03-29 09:36 | Comments(2)

ネット上に、「讃美歌21」を演奏してくれるうれしいページがある。賛美歌を家で練習しようとしても、曲が出てこない、譜面が読めない、そういうとき、このページがあると、非常に助かる。これからは、「讃美歌」を開くのが楽しくなるのは間違いなし。ぜひ、曲のレパートリーを広げて、賛美歌を自由に歌えるようになり、大いに主を賛美したいものだ。

http://www.h7.dion.ne.jp/~hymns/21.html

ちなみに「新聖歌」、その他、ワーシップなども含めた賛美歌集は、以下で聞ける。便利なものだ。

http://www17.ocn.ne.jp/~sanbika/seika-itiran.htm

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by rev_ushioda | 2008-03-26 00:50 | Comments(0)

「イースター早天礼拝」

今年は、日本ホーリネス教団横浜いずみキリスト教会の皆さんと一緒に、そしてカトリックの仲間も加わって、イースターの早天礼拝をささげることができた。感謝。
会場は泉文化の森。最近、テレビ神奈川「ライフライン」で放映された、あの森である。(文字化けする場合は、表示→エンコード→Unicodeとすればいいようだ)。
ここで、30人を越える人たちと一緒に、早朝のすがすがしさの中、復活の主を賛美できたことは、私たちの宝物となった。この後、豚汁をいただき、子どもたちは森に隠された卵を探すエッグハンティングを楽しんだ。子どもたちにとって、いや、大人たちにとっても、この日のことは大切な記憶として、残っていくだろう。
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by rev_ushioda | 2008-03-23 21:38 | Comments(0)

「イースターエッグ」

毎年、イースター前日は、イースターエッグを作る。私は、このような絵(写真)を、性懲りもなく毎年、描くのを楽しみにしている。三つ四つと描くと疲れるが、「へ~、けっこう面白いね~」と言われると、いい気になって、描き続けることになる。今日は、しかし風邪のために、四つ目で力尽きた。しかし、最近は市販のすぐれもの(卵に絵を描いたビニールを巻き、お湯につけて縮ませ、瞬時に仕上がる)が用意されて、いつリタイアしても必要な個数はできるので、有難い。
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by rev_ushioda | 2008-03-22 17:04 | Comments(0)

昨日の受難週祈祷会は、結局、私一人だった…(妻は短大の卒業式。風邪で寝込んだ私に代わって、父母会役員として出席)。祈祷会から帰宅したら、いつも祈祷会に来られる I さんから、次のメールが入った。
「箱根に泊まり研修から帰って来て、急いで注文のケーキを作って届け、孫を迎えに行って、明日の仕事の段取りをしていたら、今日は水曜日で祈りの日だったと、たった今、気がつきました。だめだな~本当にごめんなさい(ノ_<。)ビェェン」

近所に住むノンクリスチャンの彼女は、10年来のお付き合い。礼拝に来たり、来なかったりであるが、祈祷会には毎週、おいでになる。家族には、「平和をお祈りしてくる」と言って出てこられるのだそうだ。だけど、自分ではお祈りしない。私たちの祈りを聞いているだけであるが、平和を祈る気持ちで、毎週、祈祷会に来られる。そして、来ることができなかったことに、責任を感じておられる。こうして、ノンクリスチャンに支えられている泉教会である。

そういえば、平和憲法を守ろうと取り組んでいる皆さんがおられる。私も、泉区の「9条の会」の方々とときどき御一緒するが、熱狂的ではなく、地道に、平和を守ろうと努力されている方々である。日本の歴史を振り返ると、キリスト教の伝道ができなかっただけでなく、自分が礼拝すら守れなかった時代があったが、今は平和憲法があるから、私たちは信教の自由を与えられて、殉教もせず、安心して礼拝を守れるのだ。ノンクリスチャンたちの地道な取り組みに支えられて、私たちの礼拝があるのだった。信仰と、憲法を守ることとは、密接な関係がある。主は言われた。「平和を実現する人々は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」。

私たちは、イエスさまとずいぶん違う「神の子」のイメージを作ってしまっているのかも知れない。ひょっとしたら、「平和」という言葉と「政治」が結びついて、気持ちがひいているのかも知れない。だから、平和憲法が変えられようとしているこの時にも、何もしないのかも知れない。いずれにしても、私たちの教会、私たちの信仰、私たちの礼拝は、ノンクリスチャンの祈りと、平和を実現しようと地道に取り組む市井の人々によって、支えられているようだ。

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by rev_ushioda | 2008-03-20 10:54 | Comments(2)

「受難週に風邪」

昨日、午前の講座が終わったら、熱っぽい感じである。これはダメかなという感じだったので、午後の二つの講座を中止した。火曜日は外部講座なので、期待して来られる人がいるために休むのは非常に気がひけるが、仕方ない。病院に行って、薬を飲み、寝てしまった結果、今日の夕方になって少し起き上がれるようになった。今日は、受難週の祈祷会がある。何とか、出かけることができる感じである。今回のように突発性のものは、11月の時期の風邪と違って、比較的早く治るようだ。
受難週。今週は、教会の信仰のカレンダーで特別な1週間だ。いつも来れない人が、この週だから来て、共に祈ることを期待する。

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by rev_ushioda | 2008-03-19 17:03 | Comments(0)

私が初めて教会に行ったのは、高校生の時でした。秋の特別伝道集会でした。残念ながら、その時のお話は、何も覚えていません。講師は、今はなき吉崎忠雄先生でした。先生には悪いが、「アメリカでヒッチハイクした。手をこうやって挙げると、車が止まってくれるんです…」ということくらいしか、覚えていません。聖書の言葉とは、ほど遠い、聖書との出会いでした。そんな私が、どうして教会に結びついたかのかというと、帰り際、教会の「おばさんたち」が、玄関先まで見送ってくれた。「潮田君、またおいでね」。これで、決まったのでした。ということで、これもまた、聖書とは関係のない話となってしまうのです。とにかく、最初は、聖書はどうでもいいのかも知れません。(え!? そんなこと言っていいのか…という声が聞こえてきますが、これが、私の現実だったのです)
ところが、教会に通い始めると、植木さんという立教大学教育学部に通う学生がいたのですが、「潮田君、ここに座るといいよ」と言って案内されたのは、前から2列目。以後、そこが定席になりました。
話はそこからですが、「ヨハネによる福音書を、来週まで1章読んできて、分からないところを質問してください。なければ、僕のほうから質問するから」と。そういうわけで、初めて、聖書を読み始めたのが、ヨハネによる福音書だったのです。今でも、ヨハネによる福音書を開くと、あの時の礼拝堂が目に浮かびます。礼拝堂の独特な「におい」がしてきます。その光景と、においの中に、ヨハネによる福音書の言葉があるのですから、第一印象というものは不思議なものです。
ところで、その植木さんは立教大学の学生だったために、誘われて、立教大学の聖書研究会の集まりに時々顔を出すようになりました。そこはインマヌエル教会の流れを汲んでいる雰囲気で、「きよめ派」の信仰、聖書は文語訳でした。その影響が強く、当時、私は「きよめ」の本を読んでは傾倒し、また、やたら文語訳を多用していました。そして大学生として最初の夏、その聖書研究会が主催する修養会が伊豆の河津七滝というところで開催され、私も、誘われて参加することになったのです。講師に招かれていたのは後藤牧人という、ナナハンに乗ってやって来た牧師でした。雑学に長けた面白い話に引き込まれていきました。しかし、もっとも引き込まれたのは、いうまでもなく聖書の話です。この河津七滝の修養会で、明確に、私はキリストを信じる者になりました。
植木さんは、やがてインマヌエル教会に転籍、その教団の牧師になり、やがて宣教師としてジャマイカに赴任、以後、30年あまりジャマイカで神学校の校長としてつとめ、昨年、帰国して、現在はインマヌエル総合伝道団の神学校、聖宣神学院の院長(植木英次先生)となっておられます。海外では「パウロ」と名乗っていましたが、当然と言えば当然の名前でした。学識、聖書への熱心な取り組み方、宣教への力強さ、社会的な影響力、そして個性的である点、風貌、どれをとってもそれほどの力ある人と、最初に出会えたことは私にとって幸いでした。私とは、どれをとっても雲泥の差があります。
たとえば、一緒にアルバイトしたことがありますが、希望が丘から電車に乗ったら、聖書を渡されるのです。ここを見ているようにというので見ていたら、何と暗誦を始めるではありませんか。ガラテヤ書だったと思います。1章1節から、ずっと…。横浜に着くまで全部、暗誦していました。タマゲマシタ。また、会社でのアルバイト期間が終わるその日、上司の人たちが、アルバイト学生のために送別会を開くと言うのです。私たち二人だけのために。そして、言うには「植木さん、ぜひ、私たちの会社に残ってもらえませんか」と。
そのような強烈な個性を持った人と出会って、だから聖書に導かれて、私は、変えられたのだと思います。その初めに、ヨハネによる福音書があります。わけがわからず読んだ聖書の言葉が、今も記憶に新しい。「初めに言があった…」。わけのわからない言葉であったにもかかわらず、それが私を生かす言葉になったのは、それを一緒に読んでくれたこの人、植木さんがいたからです。聖書の言葉との出会いは、人との出会いと重なるのだと思います。その場の景色、においも必要です。聖書の言葉だけを自分の家で読んでいたのでは、何も起こらなかったのではないでしょうか。聖書の言葉は、特定の人がいて、特定の場所があって、そこに受肉していくのです。そのようにして、人は変えられてきたのです。これからも、そうでしょう。
そして、聖書の言葉は、動き始めます。成長を始めるのです。まさに種が蒔かれた時のように。私たちの中で、聖書の言葉、種は成長し、豊かな実を結ばせるのです。私たちは、初めに理解したものから、さらに深められた人間理解をすることができるようになります。パウロが、次々と自己理解を深めたように。彼は、ダマスコに行く途上でイエス・キリストから召されました。ところが後の手紙を読むと彼が神に選ばれた時というのは、その時ではなく「母の胎内にあるときから選び分け」られていたのだと(ガラテヤ1:15)言っています。さらに後の手紙になると、「天地創造の前に」選ばれていたのだと言います(エフェソ1:4)。私たちも、そのように深められた自己理解に生きて生きたい。その初めに、最初の日の聖書との出会いがあるのです。たとえわけがわからずとも、聖書の言葉との出会いは、やがて、豊かな実を結ばせるものです。

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by rev_ushioda | 2008-03-17 22:48 | Comments(0)

「きょうの教会の様子」

礼拝に来た人の手に小さな箱があった。昨日、飼っていたペレットが死んだので、今日、火葬するのだと言う。そうだったのか、ずいぶんかわいがっていたものね。
病気になって、もの言えないペレットの痛みを我がことのように感じてきた家族であった。入院もさせてきた。親戚の方が入退院を繰り返していた時だったので、入院した話を、てっきり、その人のことと思って聞いていたら、ペレットのことだった。
かわいがっていた動物がいなくなって、元気に動き回っていた頃のことを想い起こすと、突き上げてくるものを感じる。わが家の犬は、いまだに埋葬できないままだ。人間は、悲しむものなのだ。神さまが動物を創造されたのは、人間が人間になるためのことだったのだろう・・・

f0086426_11595086.jpg今日の礼拝に、沖縄からS兄が帰ってきた。中学校を卒業して、今度、入学する高校は、広島だ。少し近くなるが、それでも遠い。そこを選んだのは、将来の進路のためだ。志を高く持てるのも、私たちが人間だから。久しぶりに子どもたちがそろった写真。この子どもたちは、教会の未来を築く子どもたちだ。

そしてまた、今日は、3月で閉じられることになっている静岡県にある富士峰山伝道所の礼拝に、泉教会から3人を送った。仲間の教会として、Y牧師夫妻にねぎらいの言葉をかけたかった。妻も同行したので、奏楽者がいなくなった泉教会は、ヒムプレーヤーのお世話になったが、これは、使い方次第でかなりの威力を発揮する。使い方、というのは、もう「奏楽」のレベルである。奏楽者に私の名前を書けばよかった・・・

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by rev_ushioda | 2008-03-16 22:10 | Comments(0)

「河口湖に一泊」

月曜日が富士宮で牧師会のため、思い立って休養を兼ね、たまには・・・と、前日から会場教会近くのホテルに泊まることにした。
日曜日のすべての事を終えてから出かけるため、BBで予約。しかし、けっこう早めに着いたため、閉館前の45分間だけではあったが、「河口湖オルゴールの森」に立ち寄った。ここは、なかなかいい!何と、あのタイタニックに乗せるはずだったが出港に間に合わなかったという、オーケストラ自動演奏機があった!船の意匠に合わせて作ったという仕上がり。これが海の底に沈まず、今ここにあるのは、何か意味があるのかないのか…
ホテルは、「すいているので、広めの部屋を用意しました」と言われてドアを開けると、妻が「うわ~すごい」。洋室ふた間のデラックス・ツインであった。ラッキーp(^-^)q じゃらんを通しての予約であったが、思いがけず、いい部屋をゲットして、最高のリフレッシュとなった。ちなみに1泊一人6,000円。
そういえば、去年も、石和で普通に予約した部屋が、仲居さんから「当館で一番いいお部屋です」と案内されて、そんな部屋は後にも先にも泊まれないようなすごい部屋で、最高の気分だったことを思い出した。普通の、低料金での予約だったので、何かの間違いでは?と、精算するまで不安だったが・・・

さて、これから牧師会に行くとしよう。

ホテルにて
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by rev_ushioda | 2008-03-10 08:57 | Comments(3)