新しい伝道所が、鶴ヶ峰にいよいよ動き出す。先週、借りる部屋の賃借契約を済ませた。名前を「あさひ伝道所」と言う。「フレンドシップあさひ」という高齢者デイサービスを併設する、新しい試みだ。
祈りをもって、声をかけることによって、そこに立つ鈴木牧師を応援してほしい。今、私たちは共にトロアスに立っているのだ。「渡って来て、わたしたちを助けてください」(使徒言行録16:9)という声が聞こえる。

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by rev_ushioda | 2008-01-26 00:09 | Comments(2)

「腕が痛い!?」

今度は、右腕(右肩)が痛い。普通に動いているようには見えるが、伸ばそうとすると、伸ばす向きによって、ギクッとくる。何だ、これ?って感じなので、もう、迷うことなく「十字式」に行った。五十肩のひとつでしょう、と言われた。一部の痛みは取れたが、肝心のところは、2回ほど行ったが、まだ治らない。これは根が深いかも…である。しばらくお世話になるようだ。(幸い、十字式は牧師は無料にしてくれる)。風邪の不安から解消されたと思ったら、今度は、これだ(>_<) 健康維持は、これから、生涯の課題かも、である。

今度は、という意味は、こんなこと があったからだ。そういえば、以前、こんなこと もあった。

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by rev_ushioda | 2008-01-24 21:59 | Comments(0)

「牧師のSOS」

びくっとするが、今日の牧師会のテーマだった。他のところで行われた講演の報告だったが、今、牧師たちに起こっていることが、なかなか深刻なものがあると思った。
何が、深刻か。― いい加減な牧師は、いない。その牧師にストレスがかかると、牧師は背伸びする。過剰に動き出す。その時、助けを求めない。人からあなた疲れていない? ときかれても、大丈夫だ、と言う。
3校がリタイアした今年の箱根駅伝の話が引用された。ランナーは、タスキを繋ぐという使命があるから、どんなに不調でも、死んでも、走り続ける。自分からは決して走るのをやめない。よくやった、もういいよと監督が手をかけるまで、走り続ける。

心当たりがある。

教会に遣わされて最初の年、めまいで倒れた。頑張りすぎた。3日間、寝ても起きても、「世界中が」ぐるぐる回った。
数年後、中会議長に選ばれた。十二指腸潰瘍になった。
家族の暴力から逃れてきた人を、かくまうことになった。水が飲めなくなった。
夜中でも、かかってくる電話を受けた。眠さの中で不用意な言葉を言って、失敗した。
心の病を抱える人が訪ねてくれば、その通っている病院を訪ね、どう対応したらいいか聞いた。
別のストレスを感じた時は、電話に出ると、息が詰まって話すことができなくなった。この時ばかりは「心理ドック」というところの門を叩いた。数十万円かかった。今から思うと、過呼吸だった。
とにかく一生懸命だった。何とかしようと、「過剰に動き出す」 そのままだった。
もういいよ、君は十分やったんだよ、という声をカウンセリングの勉強会で聞いたとき、何かが崩れる音がした。力が抜けた時、過剰に反応してきたために痛んでいる自分を大事にするということが、分かった。そして、人の痛みが分かった。― 今から15年くらい前の話である。牧師になって30年、その半分は、SOSのサインが出続けていたのだ。良かった、背伸びすることから解放されて。昇華されて、今は、「東海道」を楽しんでいる。

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by rev_ushioda | 2008-01-21 17:37 | Comments(4)

「写真を整理して」

10年間、未整理のままであった写真を整理した。
初めの頃も、すでにずいぶんたくさんの人がいたのだと思う。と言っても、ゼロからの開拓であったから10人もいれば、「たくさん」になる。しかし、実際、今よりたくさんの人が写っている写真もある。そして、気付いた。その初期の頃の大半の人が、今は、いない。応援で来てくれた人だったからとか、結婚したり、転居したり、帰国したり、一時的に来ただけの人だったとか、今、いない理由は、すぐに考えられる。
それにしても、その時、一生懸命に語り、教会の将来を語り合った人のほとんどが、今はいないことを、どう考えたらいいのか。あの時の会話は何のためだったのか。…と、一瞬むなしくなるところかも知れない。しかし、教会を建てるとはそういうことだと思いなおすまでに、そんな時間はかからなかった。たった10年なのに、ほとんどの人がいなくなって、新しい人で今の教会の形がある。そんなふうにして、教会は創られてきたのだ。あの人たちが皆いたら…と、やはりどこかで考えてしまう 「せこい」 考え方から離れたときに、本当の教会ができるのだろう。

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by rev_ushioda | 2008-01-19 09:14 | Comments(0)

「年賀状」

例によって、成人の日は年賀状を書く日である。と言っても、新年もここまで来ると「あけましておめでとうございます」は言えない。今年は、次のような内容にした。

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いかがお過ごしでしょうか。

この春、私たちは牧師として30年の節目を迎えます/昨年の孫の誕生で、私たちはもう一つの立場でも呼ばれるようになりました/次女は、保育士として就職1年目を頑張っています/健康のためにと思い立ち、時間を見つけては東海道を少しづつ京都を目指して歩き始め(写真)今は三島。遠い目標なのに必ず行き着く希望をもって仲間に語りつつ生み出すドラマは、牧師の仕事に似ています。主にある平和と希望の道を、共に歩みたいと願います。
2008年1月14日

潮田 健治
    秀子

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by rev_ushioda | 2008-01-14 13:09 | Comments(0)

結婚式説教
(ヨハネの手紙一 4:7-11から)
f0086426_17145756.jpg1.愛するとは
結婚式に際して、今、読みました聖書の個所に基づいて、ひとこと、お勧めします。聖書の言葉は、こうでした。「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります」。
ここに、「愛する」とはどういうことか、書かれていると思います。これは結婚に際して大事なことなので、しっかり聞いて戴きたいのですが、一言で申し上げると、相手のために自分を変える、ということです。神さまが、その子を私たちのために犠牲にした、と言うのです。そこで、自分を変えたのです。「ここに愛があります」。
自分の考えはこうだ、と言って、「自分の考え」を持つのは良いのですが、だから自分のやり方を変えない。変わるのはあなただ、と言う・・それは、愛ではないのです。
愛するとは、自分を変えることです。もっと具体的には、相手のために自分の計画を変更する、ことです。
誤解のないように言っておく必要があります。自分の考えは大事です。それを、なくすことではありません。かえって相手のために自分で意思し、決断し、その上で計画・行動を変更するのです。それが、愛するということです。

2.結婚は愛することの始まり
結婚とは、「結婚式」で終わるのではありません。言うまでもなく、ここからが、始まり、なのです。
どういう始まりかと言うと、愛することの始まり、自分の計画を相手のために変更することの始まりなのです。今日、ここからは、自分の計画を相手のために変更すること、自分の考え、意思をもって(感情に流されず!)変更することが、二人の最大の仕事になります。
考えてみればすぐ分かることですが、人は、多様性を持っています。今、知っているお互いが、これから先もずっとそうかというと、そういうことは無い。きっとSさんも、Kさんも、結婚生活の中で、お互いが知らない面が、当然出て来るだろうと思う。状況によって考え方が変わり、行動も変わっていきます。ここに多様性が生まれる。その多様性を、どのように受け止めていくのか。そこに、愛するということ、愛というテーマが出て来るのです。
今は、「愛すること」、相手のために計画を変更することは、好きな人のためだから、喜んでできる。したいと思っているでしょう。しかし、受け入れることができる時(好きな時)に受け入れること位は、幼児、子どもでもできる。
長い結婚生活では、やがて、どうしても受け入れることができない時が来るでしょう。意見が対立する時が来る/考え方も、話し方も、行動も、好きではなくなる時が来る。好きでなくなった時/相手のために計画を変えたくなくなった時/相手を受け入れるのに感情が反発する時/どうするか。そこで、愛というテーマが出てくる。愛が力を発揮するのです。
結婚で一番大事なのは、好きという感情ではありません。愛です。愛するということです。自分の計画を、自分のはっきりした意思で、多様性を持つ相手のために変更することです。

3.神の愛のもとから
考えてみれば、神が愛を示してくださったのです。
私たちは、神さまを、悲しませてばかりいると思う。神さまをそっちのけで、好き勝手なことをしていると思う。しかし聖書を読むと、神さまはその私たち一人一人を愛してくださった、と。十字架が、その証しだと言っている。神さまの方で行動を変更していくのです。神は、聖なる方。天の上におられればよかったのです。しかし、全然清くない人間、神さまに向かって悪態をつくような人間のためにこの世に来てくださった、当然、傷を負います。致命傷でした。すなわち、ひとり子を十字架にかけてまで、人間を受け入れてくださった。そのように意思を持ち、計画を変更してくださったのだと聖書は書いています。私たちを、神さまはキリストによって包み込んでしまったのです。だから聖書は、ここに愛がある、と言っています。
今日、二人は、愛のあかしであるキリストのもとで結婚式を挙げています。キリストのもと、ここにこそ、感情に流されない信実の愛があります。このキリストの100%の愛のもとからスタートし、ふたりでキリストを見上げていれば、この二人の結婚に、必ず信実な愛が宿ると信じます。祝福を祈ります。

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by rev_ushioda | 2008-01-12 20:06 | Comments(0)

「暴漢に何と言うか」

最近、保育士の方から、面白い質問を受けた。保育園に暴漢が押し入って来たときに、何と言ったらいいのですか、というもの。警察署と協力して、警官がその役を実演して、対応を訓練するのだと言う。逃げたり抵抗したりしないで、言葉を返してください、という注文がつけられての訓練だそうだ。
さて、思いつくままいくつかの視点をお話ししたが、訓練が終わってから電話をくださったので、「何と言えばいいと言われたのですか」とお聞きしてみた。警官いわく、「あなたにも家族がいるでしょう」ということであった。なるほど、と思った。しかし、果たして今の時代もそれで通用するのだろうか…とも思った。当然、通用するのが当たり前であろう。しかし、それだけの事件を起こすからには、家族との関係がいいわけはないだろう…。そこに問題がありはしないか。「あんなヤツ、親じゃない!」と、言われてしまうのではないだろうか。それほどに、家族の関係がゆがんでいるし、そこから心の病気になるか、逆に問題行動として現れると思うからだ。カウンセリングで出会う課題は、そのほとんどが親子の問題である。今回のケースでも、昔ながらの人情論が通じないかもしれないと、ふと思ってしまうしかないところに、寂しさ、悲しさを感じた。私だけの危惧なら、それでよいが。

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by rev_ushioda | 2008-01-10 06:33 | Comments(0)

おなかの痛みや熱は、結局、まる1日くらいで収まったことを総合的に考えると、今回は風邪ではなく、やはりカキの食あたりだったのではないか。そうとしか思えない。そういうわけだったので、健康も回復した月曜日、そして1月7日、誕生日でもある。「その」 ための時間は、たぶん夏までず~っととれそうもない…というわけで、例によって例のごとく今回は、芦ノ湖畔、元箱根から三島への旧東海道を辿ることにした。
日曜日の礼拝、恒例行事の「餅つき」も終わったあと、体調をみて、よし、いけそうだ。体調にはすっかり自信をなくしているので恐ろしくて前もって宿への予約を入れられなかったから、午後になってようやく予約の電話を入れ、夕方から出かけることになった。暗くなる中、箱根山中に出かけるのは初めてだ。電車に乗っていて、もう暗い。湯元に着いたら、6時過ぎだというのに、もうシャッターを締め始めている。目的地があるというのに、暗闇に対して不安を感じるというのは不思議なものだ。人間は、闇に対して不安感があるのだ。宿は、芦の湖畔の宿「レークサイドイン シャーロット」。このプチホテル(ペンション)は、庭が国定公園、湖畔に通じている!急な予約だったので、夕食なし。朝食付6200円。しかし、満足できる宿だった。月曜日の朝、湖畔をながめながらのゆったりとした朝食を楽しむことができた。次の写真は、元箱根、ホテルのベランダからの風景。
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さて、宿を朝8時半出発。箱根峠まで上り坂である。芦ノ湖がくぼ地にあることがカルデラの特徴だ。芦ノ湖までの登りの道も、登りつめると、湖に着く直前で下りになる。これがカルデラの形状なのだ。こうして峠に出たら、あとは三島まで一気に下る。山中を下る。国道を下る。村の中を下る。とにかく下る。下る。下る。下る。下る…  かくして足は、がくがくとなる。箱根の上り、神奈川側は温泉街であったが、三島側は市街地まで、すべて山の中、田舎の風景が続く、温泉も何もない下り坂であった。三島駅2時40分到着。
さて、帰りは沼津から小田急線本厚木まで一本の特急「あさぎり」。JRと小田急線乗り入れで、こういう旅ができる。これから先、電車賃は別にして、経路を選んだりして旅が楽しくなる。今回は、念願の御殿場線だ。ちょっと贅沢な、1時間15分の特急の旅。この非日常性が、たまらなく、いい。
私の頭の中は、日本橋から小田原までが東海道第1章。小田原から三島までが第2章。これから先が第3章に入ることになる。

全体を見ると、5分の1の地点にいる。今いるのは、三島である。振り返ってみると、それぞれの区間にはその時の夫婦の会話がある。景色がある。思い出がある。ドラマがある。この東海道は、私たちにとって何らかの「スケール」になりつつあるような気がする。

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(上)日本橋から25里(100キロ)の地点。京都まで100里(400キロ)。(下)擁壁を破る杉の根。擁壁は、左右に押し動かされていた。すごい!

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帰りは、三島から沼津に行き、そこで特急「あさぎり」に乗車、御殿場線経由で本厚木に帰着。運賃、特急券で2890円なり。
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by rev_ushioda | 2008-01-07 23:03 | Comments(2)

「急性風邪!?」

夕べ、カキフライを食べに行った帰り、どうしょうもなくおなかが痛い。さては、カキに当たったか?と急に不安になる。
帰宅してたまらず、そのまま、ふとんに。やたらに汗が出るから、痛さのための冷や汗かと思ったら、本当に熱がある。2時間ほど痛さをこらえ、これは救急車か…と思っていたら、次第に痛みは収まってきた。しかし、熱は、そのまま。食事に出かけるまでは何でもなかったのに、どうしたのだろう…
そして思った。「これは、急性風邪だ」、と。そんなのがあるか知らないが、私は風邪でおなが痛くなるたちである。ひどい腹痛は初めてだったが、今日になってもまだ引きずっている症状が、いつもの風邪の症状なので、ゆうべは風邪だったんだと思った。「急性風邪」だ。おとといの、あの元気はいったい何だったのか…
やはり、これで「順調」なのだ。1月が過ぎるまでは。

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by rev_ushioda | 2008-01-04 17:55 | Comments(2)

11月から夫婦二人とも風邪で不調が続いてひどい目にあったが、その二人の体調も、2ヶ月ぶりようやく回復した。今日は、お天気も良い。調子も良い。正月2日で、時間もある。さあ行こう、というわけで、いよいよ箱根越えにかかることにした。と言っても、一気に三島までという一泊の計画は取りやめ、分相応で、とりあえず芦ノ湖まで、とした。
9時30分、湯元から出発。歩き始めて、すぐに思った。この2ヶ月間、ずっとうっとおしい気分であったから、健康に不安を感じないというのは、本当にすばらしいことだと。
コート、襟巻き、毛糸の帽子、軍手、マスクと万全の備えで歩き始めたが (写真を見ると、何とも怪しげな格好である・疲れているなあ・途中で木の枝を見つけて杖にしたが、皆が使いまわしている感じの木だった)、しばらくすると体中がぽかぽかと暑くなってきた。
他の人のブログを見たら、次のように書いてあった。「繰り返し登る階段と石畳に中々足が上がらない。休む回数も多くなり。苦しみながらも見晴し茶屋や、甘酒橋を越えたのに、甘酒茶屋まで最後の 歩道橋の階段を上がりきった後、下り道で足がツッテしまった。こんなことは初めてだ。今まで東海道を歩いた自信が吹き飛んだ。そのままの姿勢で動けなくなり、…」。この人の写真を拝借しておく。f0086426_14285291.jpgf0086426_14291499.jpg
畑宿の手前辺りからは、この写真ような石畳の連続、これがまた歩きにくい。大名行列は、ここをどのように通ったのだろうかと、好奇心が湧いてくる。と、苔むした石に乗ってしまった、思わずツルッ、スッテーン! 他の人のブログに書いてあった。「なんじゃこりゃー!!!本当にここを駕篭かきもあがったんかい!?中の殿様はどんな状態だったんだ!?…とにかく足元の不安から身の危険を感じます」。畑宿を過ぎたあたりの橿木(かしのき)坂について、「東海道名所日記」には、険しきこと、道中一番の難所なり、おとこ 、かくぞよみける。橿の木の/さかを/こゆれば/くるしくて/どんぐり程の/涙こぼる」とある。
駅伝があるからだろう、横を走る車道は、裏道だというのに、いやに車の数が多い。箱根駅伝がナマで観れるかも知れない、考えながら歩く(坂道を登る)。いよいよ湖が近づいたあたりで、どーん、どーんと花火の音。駅伝の1位がゴールしたらしい。上空は数機のヘリコプター。遠くで声援の歓声が聞こえてきた、急ごう。しかし、ずっと続く石畳の上は、危なくて急ぐもできない。それでも最後の数人の走者を観ることができた。初めてのナマ駅伝だった。ささやかな感動であった。が、すぐ救急車が混雑する車列を縫って通り抜けて行った。今回の駅伝でのリタイアは、史上稀な3校。あのような道を歩いてきたあとでは、あの坂道を駆け上がったら倒れるのも無理はないと納得。
石畳の、急な登り坂が続くところで、すべって転んだのが1回。6組の人たちには追い抜かれた。しかし、もとよりそれは私の「東海道論」そのままである。これでよい。こうして、ついに日本橋から25里、100キロ到達。年初めにあたり、ここからスタートである。
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by rev_ushioda | 2008-01-02 20:45 | Comments(5)