「つばめの雛」

教会のガレージにつばめの巣があり、毎年、つばめが帰ってくる。今、雛が五羽。時々、けたたましくキィキィキィ…と聞こえるのは、親鳥が餌を運んで来るとき、一斉に大きな口を開けて鳴き出す声だ。雛が鳴く頻度から、二羽(つがい)以上のつばめが、協力して餌を運んで来ているように思うしかないのだが、そんなことがあるのだろうか。
この時期、ガレージに車を止めると、糞だらけになる。車を別の場所に止めながら、五羽が無事に巣立つことを願っている。

あなたの祭壇に、鳥は住みかを作り
つばめは巣をかけて、雛を置いています。
…いかに幸いなことでしょう
あなたの家に住むことができるなら
ましてあなたを賛美することができるなら。
旧約聖書 詩編84編

讃美歌140番でこの詩編を歌っています。

♪つばめが巣つくり ひな育てる
 あなたの住まいに住めるならば
 私はどれほど幸せでしょう

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by rev_ushioda | 2007-06-29 15:55 | Comments(0)

「神学校クラス会」

神学校のクラス会が、今年も開かれた。東京都東久留米市氷川台にあった日本基督神学校を卒業したのは30年前である。クラスの仲間が関東に集まったあるときから、毎年、クラス会が開かれるようになった。クラスメートは7人。全員が牧師ではないが、牧師たちは夫婦で集まるのが慣例になった。
このクラス会は、毎年、持ち回りで行なっている。今回は、私の教会が会場となった。3時間かけて来た人もいる。うれしい出会いである。三々五々集まり、12時近くになって、礼拝からスタート。食事と歓談となる。
午後のテーマは、「余暇」であった。余暇となると、人は異常な力を発揮するものだと感心した。全部が余暇みたいと、おつれあいから言われていた人も、しかし、そこで楽しんでいることをすべて牧会に生かしていると、フォローも忘れられていなかった。
最後は定年の話。あと2年、という人もいて、気づけば、そろそろそういう年齢になったお互いである。去年の写真が配られた瞬間、みんなおじさんだね、と妻が言った。
後日談。ブログを見た先輩からメールが届いた。左から誰、次が誰、その上が誰…と、名前が書いてあった。「二十四の瞳」のエピローグを思い出した。やはり、そろそろ、そのような域なのか。

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by rev_ushioda | 2007-06-26 23:53 | Comments(0)

「言葉に生きる」

今、共同作業の成果として、『神の民の礼拝』という本を出版しようとしている。最後の校正の段階であるが、ここで、出版編集者からの校正希望があった。用語辞典によるものや、最近の一般的な用例などという根拠で、私たちの側で特段のこだわりがなく、直すことで読みやすくなると判断されるところについては、直すことにしたが、その一つに「有難う」がある。ひらがな標記がふさわしいようである。この点について、共同作業者から次のようなメールを受取ったので、記録しておきたいと思う。

「有難う」は含蓄があって良いですね。出版社から「ありがとう」に変えて欲しいと言われ、残念です。大量の修正をしていただくので、出版社の願いも受容しました。『神の民の礼拝』では、潮田先生も私も、多くの忍耐と自己抑制を求められて来ましたね。お互い、「言葉」に生きる牧師として、この世の生涯の終わりまで、鍛えられることでしょう……。
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by rev_ushioda | 2007-06-20 09:21 | Comments(0)

最近、礼拝の人数が少なくなって、さびしいと感じる。礼拝堂の広さから言って、30人が入れるが、10年目にして20数人だと、やはりさびしい感を拭えない。
改めて思うのは、教会は、初めて来られる方によって支えられてきたのだ。私も、高校生のときに、何もわからないまま、駅で受取ったチラシを持って教会に行った。やがてキリスト者になり、今日がある。そして、私が教会に行った時は、礼拝の人数がその教会の歴史上、一番少なかった時であった。初めて教会に行く人によって教会は支えられるというのは、自分を振り返ってみて、事実なのである。
教会においでになる人の中から、志が与えられた人は洗礼を受け、教会を支える人になるのだろうが、洗礼を受けなくても、そこに居るだけでいいのだ。そのことで、教会はどんなにか励まされるのだ。誰よりも、牧師が励まされるのだ。自分なんか行ってはいけないところ…なんて思う人がいたら、絶対、そんなことはない。キリスト教を知らない人によって、教会は今日までの歴史を作ってきた。これからも、そうなのだ。
この文章を読む人の中で、教会に行ってもいいが、と思う人がいたら、ぜひ、行ってみていただきたい、牧師を励ますつもりで。彼は、本当に喜んでくれるだろう…

下の写真は、1968年9月、私が初めて教会行くきっかけになったチラシ(謄写版印刷)。希望が丘駅前で配られたもの。「あなたのなやみは解決できたか」というテーマであったが、当時、私には悩みなど何もなかった。興味だけで行ってみようと思った。
その次の写真は、当時の私。県立 相模台工業高等学校 機械科 3年生。普通科に進むようにという学校の指導を断って、技術校に進学し、エンジニアを目指していた。大学も工学部機械工学科(金属材料研究室)であった。

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by rev_ushioda | 2007-06-19 18:17 | Comments(2)

「一般健診」

一般健診に今回は、初めての病院に行ってみて、驚いた。
番号札など、なかった。最初から最後まで看護師がついてくれて「潮田さん」と名前を呼んで案内してくれた。看護師、検査技師、医師ともに、誰もみな納得が行く、非常に丁寧な説明をしてくれた。看護師は、常に明るく積極的に話しかけてくれる。最後に案内された部屋はロビーのような解放感のある部屋で、医師の説明を待つ間、お茶まで入れてもらった。熱いおしぼり付で。最後は、そこに事務の人が来てくれて、私はそこに座ったまま支払いを済ませたのである。
何かの間違いでは?と、思うほど、病院の対応に感動した。ついでのことながら、施設は清潔できれいだった。病院に一般健診に行って感動するとは、思いもよらなかった。改めて、人を感動させるのは、人を大事にする姿勢だと思った。
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by rev_ushioda | 2007-06-13 15:39 | Comments(2)

火葬場で「二人箸」を使う習慣は一体、どこからきたものなのだろう。何の根拠もないので、私は火葬場ではいつも、会葬者に向かって、それにこだわる必要はない、と言っている。
退室するとき、係の人が、「そのように言ってもらうと、助かる」と言われた。二人箸で掴もうとすると、そういうことをしたことがないので、なかなかうまくいかない。時間がかかる、と言うのだ。その時の言葉が、「まさか曲芸師でもあるまいし」であった。「その必要はないと、私が言うわけにもいかないでしょ」と言葉をつなげた。
二人箸など、そんな器用なことはできないのだと、係の人が思っていたことを知り、おかしくなった。それにしても、人は、妙な慣習にこだわるものだ。そうしないと常識がない、とか言って。誰もが、おかしいと知りながら。
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by rev_ushioda | 2007-06-12 19:33 | Comments(0)

「葬礼拝 説教」

ヨハネによる福音書14章1~6節

以前、私は青森県の竜飛岬に行ったことがあります。当時、ちょうど青函トンネルの工事が進行中で、岬の先端に、そういうところの地形(岬の地形)とは不釣合に、工事をする人たちのちょっとした町ができていました。陸から海に向かって目を転じると、そこは津軽海峡です。海峡だからでしょうか、何か海が大きな川のように動いている、動く海に、恐ろしさを感じました。そして、ああ、この海の下をトンネルでつなぐのか、すごいなあ、という感じでした。
それからしばらくして、新聞に「先進坑が開通」という記事が載りました。北海道側からの試験トンネルと本州側からの試験トンネルとが海の下で繋がったというものでした。万歳をしている写真がありました。それは本トンネルではありませんが、試験トンネルがつながった以上、本トンネルは保証されたというほどの喜びだったのです。

私は今日、Sさんの葬儀に際して、そのことを思い起こしています。葬儀というのは、人間の死に際して行う営みです。人は、最期には皆、死にます。一生を考えてみても、現実には悩みとか、苦しみとか、涙することもあるわけです。Sさんのように、確実に悪くなっていく、病気がある。人の現実で一番厳しいのが、死です。死ぬということ。もうそれは絶望であり、恐怖でしかありません。それは、津軽海峡の大きな 潮の流れ のように、越えることができるなら越えてみろ、とでも言うかのように、こちらをにらんでいる。それは、生きてきたことを確実に終わらせるものなのです。そこをどう渡っていけるのか、途方に暮れてしまう。
Sさんは自分の病気のことについては弱音を吐かなかった。だからといって、自分が死んでいくことが分かっていながら、恐くないわけがないのです。
しかし、イエス・キリストは人間の死を突き破って復活されたと、聖書は言っているのです。Sさんは、そのことを信じていました。復活の先に天国があるということ。そして自分と天国とが確実につながっているということを、信じたのです。洗礼の証しをご覧いただけば、わかります。
あの津軽海峡のような海しか見ない時には、まさかその下でトンネルが掘られているなんて、信じられないわけです。同じように、人間の現実しか見ていない目には、その現実の中をキリストが突き抜けて行かれた、復活されたという聖書の記事は、何のことだかわからないのです。
しかし、たとえあの津軽海峡のような、渡るに困難な現実がそこに横たわっていようが、だから、どうしても希望が見えなかろうが、キリストが、私たちの中で死の壁を破って復活されたと信じる人は、その現実に押しつぶされないのです。先の喜びが、その人の困難な現実を、包み込んでいるからです。
もう、キリストは、トンネルを貫通させているのです。もう勝負はついているのです。キリストは言われました。「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」。このキリストと出会い、このキリストを信じていく者は、いかなる困難の中でも恐れや絶望に支配されず、不安や悲しみに魂を売り渡さず、正々堂々、歩んで行くことができるのです。
Sさんは、もう一度言います。天国の信仰の持ち主でした。死を予感した時から・・・( 具体的には洗礼を受けたときから)死を突き抜けている道があることを見ていたのです。病気で体は衰えて行くとしても、だからといってそれで終わりではないという、天国の信仰を持っていたのです。
ひょっとしたら、体が弱っていくことだけではなく、どうしょうもない心の弱さということも、知っていたのではないだろうか、とも、私は思う。罪を犯さない人間は、いないからです。人を悲しませない人間はいないのです。やってはいけないとわかっていても、体が動いてしまうということも、人間にはある。決意しても、その心は弱いというのが、人間です。そういうことを、Sさんは一番良く分かっていたかもしれないと、ふと、思うのです。人間には、どうしょうもない人間の弱さがある。
しかし、だからその中をキリストが突き抜けて行かれたのだ、と聖書が言っています。体の病気であろうが、心の弱さであろうが、人間の一切の弱さをキリストはご自分の体に引き受けて下さったのです。そして、天国への道筋をつけてくださったのです。それを見ることができる人は、幸いです。その道に、進み出ることができる人は、幸いです。

先ほどの聖書に、次のように書かれていました。「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」

キリストが、行って、場所を用意して、戻って来て・・・と、道を作ってくださると言われています。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」と。
「わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている」と言われましたが、十字架と、十字架の死のことです。自ら死に向かって行く、と言うのです。そこにまでキリストは下って行って、私は道である、と言われて、そこから、今度はどこに行くのか。天です。天に向かって、「父の家」に向かって、人を引き上げるのです。用意した居場所に引き上げるのです。その道をつけるのです。キリストは、私たちのために、私たちの居場所のために、行ったり、来たり、しているのだということ。困難や、人間のさまざまな限界、そしていよいよ死に直面して、その恐ろしさを感じている人のために、行ったり、来たりして、居場所と、通路を作ってくださっているのです。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」。そう言われたのです。
人間の努力、頑張りは、すばらしいものです。あなどってはいけないものです。しかし、困難に直面すると人間は、強そうで、弱い。いえ、困難などなくても、勝手に自滅するような人間です。まして死の力は、私たちの希望を奪うのに十分です。その力に支配された時、その死の力、絶望の力を打ち破って、突き抜けて、キリストは上り、また下って来られる。私たちの居場所を確保し、そこに入らせるために! ・・こんな希望が、あったでしょうか? あるでしょうか? だから、私たちは救われるのです。
トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。Sさんは、確実にそこを通って行った。自分で信じたとおりに。そのキリストの道、「命」の道は、今度は、私たちに開かれているのです。私たちも、その道を歩み始めましょう。そうすれば、今日は、私たちの残りの人生の最初の日です。
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by rev_ushioda | 2007-06-12 19:26 | Comments(0)

「前夜礼拝 説教」

聖書
「そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出てきて通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。」マルコによる福音書15章21節

お葬式を準備しているとき、おつれあいのNさんとお話をしていて、思わず皆で大笑いしたことがあります。Sさんが入退院を繰り返しているうちに、家に帰ればすることもなく、食べたり飲んだりすることができるようなお店に、良く行くようになった。たまたま隣の席の二人の女性が、「英語を勉強したい」と話していた。それを聞いて、「教会で英語を教えている」と誘った。「だけど、教会だから礼拝に来なければいけないんだよ」。不思議に、そのうちの一人が日曜日の礼拝に来るようになったのです。皆、異口同音に「若い女の子が変なおじさんに誘われてメールアドレスを教えたり、ひょこひょこ出かけたりするものではない」と注意した。
それはともかく、礼拝に来てくれるのは大歓迎。皆、自分が大好きな、大事にしている場所に友達にも来て欲しいと思っているのに、なかなか来てくれないわけです。Sさんは、しかし、そういうふうに、いとも簡単に声をかけることができる不思議な人でした。しかしSさん自身は、その女性が教会に来る時は、なぜかそういう日はたまたま休んでいて、フラフラと遊びに行っているのです。いつも、すれ違ってしまうわけです。誘った相手が来ているのに、誘った本人が教会にいない・・・彼の名誉のため言いますが、別の日には、ちゃんと来ているのですが。そうこうするうちに、今度は、顔を覚えていないと言う。これは、弁護の仕様がありません。誘った人を覚えてなくて、しかもふらふらして、でも、誘われた人は来る。私たちは、ちゃんと毎週日曜日に教会に行っていても、誘った人は来ないのに、です。とにかく誘われた人が来て見たら、誘った人がいない。これもまた、Sさんらしいかと思うのです。

2005年3月27日、彼は洗礼を受けた。洗礼の準備の時に私は、彼に聞きました。洗礼の時には、誓約をしていただきます。その誓約の言葉に、次のような言葉があります。「あなたはイエス・キリストをあなたの主であると心から信じますか」。私は聞きました、これは、どういうことだと思いますか?私の質問に対して、彼は、こう答えた。「病院にいると、皆、死ぬ話をしている。しかし自分には行くところがあると思うと、死ぬことが怖いとは思わない」。
衝撃的でした。私が期待していた答えとは違ったのです。イエス・キリストを主であると信じるということをどう思うか、という質問に、普通、答える答え方というものがある。キリストは私にとって、云々。しかし、彼は全然違う答えをしたのです。「自分には行くところがあるから死ぬことが怖いとは思わない」と。私が知りたいのは、キリストをどう思うか、でした。うまくかみあっていない。自分のことしか、話していないのです。
しかし私は、そうだ、本当にそうなのだと思った。洗礼は、入院中に、外泊のときに受けられた。5年も病と、いえ、長く生きられないという思いもチラチラしていたはずです。そういう中でのことだったのです。イエス・キリストを主、救い主と信じるとは、結局、死を突き抜けることだ。死が終わりではない。そこからの始まりだ。そこから、キリストの命に引きだされることなのだ。私はそのように思い、これが、洗礼を受けるSさんの姿勢なのだと思いました。期待したとおりのことは言ってくれない。しかし、他の誰も口にしない言葉で、彼は、彼らしくキリスト教の洗礼を受けたのです。
「自分には、行くところがあるから、死ぬことが恐いとは思わない」。Sさんは、このことを病院で、人の言葉を聞きながら思ったのです。 「病院に入院すると、神さまを知らない人たちの健康への不安、生活への不安、死の恐怖、様々な不安があった。しかし、自分自身には心の平安、天国への希望、みんなに祈られているという安心を思い、自分自身でも気づかなかった神様の存在を知ることができ、洗礼を受けることにした」 これが、彼の洗礼の時の言葉です。Sさんが人生最後の2年間を生きる方向を決めた、決定的な瞬間でした。その後も、特別に何か生活の仕方が変わったわけではない。Sさんらしい2年間の生活をされました。しかし、キリスト者として天国を信じきった、イエス・キリストを信頼しきった、そういう意味で、死に対して平安に生きた2年間であったと思います。

彼は、今申し上げたように、必ずしもキリスト教信仰をきちんと整理できる人ではない。しかし、病院でハッとした。死を恐いと思わない自分を見いだしたのです。それには、思い当たる節があったのです。今までは何とも思わなかったのに、今、ここで改めて思ったのは、彼は、(行ったり行かなかったり…でしたが)教会に行ったことがあったのです。教会で幾度となく聞いて来たのは、永遠の命、神の国のこと、救いの希望でした。今、それを思い出したということであったと、私は思います。だからこそ、イエス・キリストが主であると聞いて、結論として即座に、死は恐くないと言えたのです。
この結論を引き出すまで、ずいぶん時間がかかったのです。初めは、つれあいが教会に行くからということで引っ張られていたと思います。嫌々とまでは言いたくありませんが、初めは、教会に行ったのは、少なくとも自分の意志ではありませんでした。

私は誰かが洗礼を受けると、聖書の人物の名前をクリスチャンネームとして差し上げています。Sさんの場合は、今日お読みした聖書の言葉から「シモン」でした。そうだ、Sさんはまるでシモンのように、半ば強制的に教会に行くようになったのです。このシモンという人は、田舎から都に出たら、ちょうどキリストが自分の十字架を背負って、刑場に行くところでした。見物していたら、突然、目の前で力尽きたキリストの十字架を替わって背負えと命令されてしまった人でした。何ということだ、とんだ とばっちりだと思ったに違いありません。
しかし、彼の子どもたちのことが、ここに書いてあります。どうやらこの二人の名前は、聖書を読んだ人々、教会の人たちは、良く知っていたようです。教会の仲間であったのです。それで、あのアレクサンドロとルフォスのお父さんという人は、シモンと言ったのだよ、主イエスさまの十字架をかついだ人だよ、…と書いたのです。

シモンの二人の子どもたちが教会の仲間であったということは、どういうことでしょうか。つまり、シモンは子どもたちにキリストを話したのです。しかも、とんでもない奴に会った、とずっと言い続けていたならば、子どもたちは、お父さんがひどい目にあったという教会に、果たして行ったでしょうか。そうではなかったのです。あの時はとばっちりだと思ったことを、後からイエス・キリストという方が良く分かって、彼自身がこのキリストの弟子になったことを意味しています。それで子どもたちも、教会に行くようになったのです。
私は、Sさんは、このシモンのように、ずいぶん長い間、無理に十字架をかついで来た人ではなかったか、と思います。しかし、結果として、そのことがきっかけになって、彼の人生を動かした、変えたのだと思います。少し無理して教会に行っていた。しかし、その時に断片的にでも聞いたキリストの言葉が、彼の人生の最期にあたって、残り2年間に、非常に輝く言葉になった。彼を平安に導く言葉になった。現実の病気の苦しみを超えて、彼の人生を支えるほどの言葉になったのです。
しかも、それは本当にSさんらしい、ひょうひょうとした生き方でありました。キリストに出会ったから、こうならなければならない、というものは、おそらくまったくありませんでした。Sさんらしく日曜日の礼拝を大事にし、Sさんらしく日曜日の礼拝を休み(!)、Sさんらしく人を誘い、Sさんらしく天国を仰ぎ見ながら、Sさんらしく旅立って行きました。

神さまは、Sさんを人生の最後で輝かせてくださった。あの時、無理にでも十字架をかついで本当によかった、と思います。このような、死を突き破る平安に導かれるのであるならば、私たちもまた、人生の途上において、Sさんの葬儀において出会った、イエス・キリストという方との出会いを、大事にして行きたいと思います。シモンの子どもがそうであったように、この葬儀を通して、皆ともにイエス・キリストがいます天国を仰ぎ望む者になれたらと思う。そういう残りの人生に生きることができたらと思います。皆、確実に、死を迎えるのだから。
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by rev_ushioda | 2007-06-12 06:53 | Comments(0)

「Sさん召天」

Sさんの信仰は天国でした。
洗礼式の時の証しで次のように言っています。「病院に入院すると、神さまを知らない人たちの健康への不安、生活への不安、死の恐怖、様々な不安を知り、自分自身の心の平安、天国への希望、みんなに祈られているという安心を思い、自分自身でも気づかなかった神様の存在を知ることができ洗礼を決意しました。」(写真は洗礼式後の祝会にて)

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by rev_ushioda | 2007-06-09 23:37 | Comments(0)

「風邪」

1週間、風邪のためにエネルギーを奪われた。
たかが風邪、されど風邪。1年に少なくとも2回は、風邪をひき、その都度、2日くらい寝込み、回復には1~2週間はかかる。風邪をひいて、その体力の奪われかたをみると、簡単に風邪と言うが、これは結構、重病だと思う。
毎年のパターンからすると、次は、確実に11月にやってくる。数日寝込んだ後、体力的にも気力的にも冴えない気分を1か月は引きづる「大病」になる。クリスマスや年末を控えた休めない時期だけに、そのことを思うと、さすがに気がめいる。今のところ、対策は腹巻きで防衛し、東海道を歩いて基礎体力作り・・・
そんなことを言っていたら、今度は、妻が風邪でダウンしてしまった。
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by rev_ushioda | 2007-06-05 14:59 | Comments(4)