「そんな気がした」

孫を抱いていて
ふと、「悲しい」気がした。
不思議な感情であった。
感情は、自分のものである。
おそらく・・・
年齢のギャップからくるものであった。
次の世代とか、世代の交替とか、言う。
自分の半生と向き合うとは、
悲しみの感情もあったのか。
・・・そう考えていたときに
次の詩を思い出した。

「ぼくは12歳」岡真史
ちくま文庫 より

ほらせい春のたび立ち!
まっかな太陽
のぼる太陽
でっかい太陽
ほらせい春のたび立ち!
でっかいあお空
高いあお空
まっさおなあお空
ほらせい春のたび立ち!
かなしい気がする
うれしい気がする
不安な気がする
ほらせい春のたび立ち!
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by rev_ushioda | 2007-03-31 09:11 | Comments(0)

「短大卒業」

下の娘が、短大を卒業した。

あっと言う間の2年間が過ぎた。
そして今は、保育士として働き始めている。

(私は、父母会顧問として、そしてこれからも後援会に関わり、学校に残ることになるのだろうか)

ところで、娘の勤め先は、さがみ野である。
19年、牧会と伝道してきたまさにその場に職を得て、教会の横を通って、通勤している。通勤の道は、小学校3年生まで通ったさくら並木だ。
このような成り行きに、不思議さを感じる。今は教会を離れているが、かつて住んだ教会の横を通りながら、いつか、神がここに戻してくださることを祈りつつ。

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by rev_ushioda | 2007-03-24 18:12 | Comments(0)

「やはり自分の家」

写真を見て、これじゃ、やっぱりおばあちゃんだね。
そう言ったあと、
自分の顔を、じっと見る。

孫ありて/来し方思う/ふたりかな

娘は、今日、さっさとアパートに帰って行った。

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by rev_ushioda | 2007-03-23 23:41 | Comments(0)

「ネットプリント」

これはいい!

娘が家庭用写真プリンターがほしいと言い出した。
そこでネットプリントを試してみるきっかけになった。
これが実に、いい。
自宅でサイトを開き、パソコンやメディアから写真を移すだけ。
数日後には、自宅に写真が届く。
1枚1枚はもちろん、アルバム形式でも、「本」にもしてくれる。
値段は、送料をいれても、ごく普通。

http://onlinelab.jp/about/print_index.php

http://autoalbum.jp/
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by rev_ushioda | 2007-03-23 08:44 | Comments(0)

この1ヶ月、首筋が凝る、最近になって頭が痛い・・・
というわけで、病院に行ったら、
首筋の筋肉が張る「緊張型頭痛」ということだった。

そこで、

以前から始めようと思っていながら延び延びになっていた
「東海道を歩く」計画の実行のときが来たと思った。

早速、妻を説得して、一緒に日本橋へ。
ところが、ここが田舎者。東京は見るものが皆、めずらしい。
銀座の歩行者天国のパフォーマンス・・・
途中に教文館もある・・・寄らないわけがない。
ずいぶん時間がかかって、そこにあった道標を見ると

日本橋から2キロ。

これでは、いつになったら京都まで行けるのか。
生きているうちに完成できたらいい、思っている。

写真は、
1.今は高速道路に覆われた日本橋
2.道路元標

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by rev_ushioda | 2007-03-21 17:41 | Comments(0)

「喜びを表す」

娘が短大を卒業したので、謝恩会に出ると、会場は喜び一色。
理事のお話、学長のお話もそっちのけで写真を撮る、お話に興じる。
さて、プログラムは進んで、
「手元の数字を確認ください。抽選を行ないます」。
次々、あたった人が景品を手渡されていった。
1000円の図書券。
3000円の図書券。
5000円の・・・皆、喜びを素直に表している。

いよいよ1等賞。
あたった人は、友達と一緒にワーッと喜んでいる。
だから、飛んで行って景品を受け取るのかと思ったら、取りに行く途中で、何と後ろを振り向き、喜びのポーズをして、友達のカメラにおさまっているのだ。
・・・
その後、ようやく受け取ったと思ったら、今度は、中を見もしないで、また写真。
・・・
司会者から中を披露するよう促されて、ようやく開けた。
ディズニーシーのペア券だった。
当然のことながら、また、飛び上がってキャー!
・・・
当たったというだけで、もらいもしないで、もらっても開けもしないで、ひたすら喜んでいる。何か、妙に面白いシーンだった。

私たちも、

キリストにまだ会っていないのに、信じて日曜日ごと共に集まり、賛美し、喜んでいる。信じる者は、幸いだ。
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by rev_ushioda | 2007-03-17 14:33 | Comments(0)

♪ 私は今日まで生きてみました
   時には誰かの力を借りて
   時には誰かにしがみついて
   私は今日まで生きてみました
   そして今私は思っています
   明日からもこうして生きていくだろうと
  (吉田拓郎)

31年ぶりの「つま恋」。最後にうたわれた歌。
この詞のどこに「いい詞」と言わせるものがあるのか。

おそらく、ここで自分の弱さを隠さず、受け入れている点ではないか。
自分を受容しているのだ。
誰かの力を借りて、生きてみました。
誰かにしがみついて、生きてみました・・・
自分を包み隠さず、自分の弱さを自分でしっかりと受け止める、そうして生きてみました。
生きてみた・・・すばらしい実験だと思う。
「そして今私は思っています/明日からもこうして生きていくのだろうと」。
弱さの受容は、新しい明日につながっていくのだ。

「いい話」には、「裏」がある。

自己受容にしろ、他者受容にしろ、受容というテーマなり作業が、そこにはある。
受容があるとき、「いい話」が生まれる。
その反対に、自分を受容できないとき、また、人を受容できないとき、今までと同じパターンがこれからも続き、少しも「いい話」にはならない。

新しい明日に、生きたいものだ。

http://www.forlife.co.jp/yoshidatakuro/FLCF-29013.html
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by rev_ushioda | 2007-03-15 15:39 | Comments(0)

「足元を見る」

机の下に、いくつかかばんが置いてある。

 通常の教会の仕事のため (ここに何でも入れる)。
 中会の委員会のため (3つの特別委員会にかかわる資料)。
 心を聴く市民ネットワーク関係のため (勉強会資料)。
 区民クリスマスのため (総務の長として、すでに動き始めている)。
 和泉短期大学のため (父母会の長として、総会準備)。
 あと、未整理の紙袋とか・・・

どれも常に動いているものだから、片付けられないで、足元も、机上も、雑然としている。

ふと、足元を見る。

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by rev_ushioda | 2007-03-13 07:52 | Comments(0)

「力を抜けたらいいね」

10日たった。

賛美(さみ)と名づけられた赤ちゃんは、母親を絶対的に信頼して、泣く、飲む、排泄する、そして眠る。
娘にとって、これほどまでに(連れ合いを除いて)信頼されたことは、今まで、なかったかも知れない・・・と思う。
赤ちゃんにとって、自分を守ることができるのは母親しかいない、そういうまったく無力な赤ちゃんから信頼されれば、されるほど、その信頼に応えようと、母親は頑張る。

娘が初めて経験する、10日間だった。
少し、疲れているかな。

帰宅した/連れ合いを見て/目に涙
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by rev_ushioda | 2007-03-10 23:01 | Comments(0)

「毎日、病院」

孫の誕生は、喜びをもたらした。
  かおりの家庭に、
  そして、私たちに。

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by rev_ushioda | 2007-03-04 22:53 | Comments(2)