娘の婚約者が入院、しばらく職場を休んだ。
退院して、しばらくしてから登校した(彼は教員をしている)。
ところが、門が閉まっていた。
お休みの日だった。
間が抜けている、と言って、皆で笑った。
一番、笑ったのは私だった。
2日後の今日、私は、東京で開催されている週一回の講演会に行った。
会場に着いて、何やら変な雰囲気を感じた。
予定表を見た。
今日は、お休みだった。
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by rev_ushioda | 2006-02-10 22:18 | Comments(0)

「子どもたちの居場所」

昨年、泉教会に中学校の生活指導の先生が訪ねて来た。
教会に出入りしている中学生のことで、話に来られたのだ。
そうこうするうち、修学旅行のお土産までいただいた。
また、小学校のPTAのお母さんたちが来られた。放課後、遊ぶ場所に「教会」と答えた子どもがいたので、広報紙の取材だった。
「居場所」が問われている時代だ。
夫婦の問題で、あるいは生活力がなく、あるいは叱る(子どもと向き合う)ことができない親のために家に居場所がないのだ。
中学生は、オール(夜、家に帰らず友だちと遊び歩く)をする。補導される。それをまた繰り返す。
教会に真夜中、電話がかかってくる。「泊めてくれ」と。教会は宿泊所ではない、ダメだと叱る。
教会は礼拝をするところだ、日曜日来なさい、と言った。次の日曜日、男の子と一緒に来た。何を考えているのか、男の子にしては何とも覇気がない。そういう男の子と一緒に来たのだ。そして次の日曜日は、その子の友だちも来た。こちらもまた、男の子を連れて。
礼拝中もいちゃいちゃしているが、最後まで礼拝に出ていた。どう接したらいいのか、とまどう。しかし、教会に来る。
教会で厳しく怒られて、涙を流しながらも、また来る。家が真正面から向き合わないのなら、
教会がそうするしかない。キリストも、そうされただろう。
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by rev_ushioda | 2006-02-05 23:14 | Comments(0)