「クリスマス説教」


イエスの両親であるヨセフと、イエスを身ごもって身重であったマリアの二人は、住民登録をするためにナザレからベツレヘムに旅します。120キロです。ローマ皇帝の勅令によって、身重であっても、そうしなければならなかった。支配者の勅令とは、いつの時代も権力を維持するためだけで、弱い人の立場を考えない、逆に苦しみを与える、そういうものです。(ルカ2:1-4)。
その行く道をたどると、そのひとつは、パレスチナ北方に位置するナザレから、ガリラヤ湖に出て、ヨルダン川沿いに南に進みエリコに行き、そこからエルサレムないしはベツレヘムへの道。120キロというと、直線で、ここから静岡手前辺りです。東名高速を使った道のり計算では、富士辺りになります。
しかも、ナザレは海抜約350メ-トル前後、エリコは海抜下250メ-トル前後、一番低い場所になり、ベツレヘムは海抜約800メ-トルです。
つまり、ナザレからエリコまで約600メ-トル下って、エリコから1000メ-トル登ることになります。
或いは他の道を通って行くにしても、いずれにしても山道を登り下りしなければならず、随分と大変な道のりだったはず。そして、その旅の先、ベツレヘムで、神の子イエスキリストが生まれるのです。

この時代は、どういう時代であったか。「ルカによる福音書」は、住民登録の勅令を出した、ローマ帝国の時代であるといっていますが、「マタイによる福音書」を読むと、「ヘロデ王の時代」と言っている。ヘロデは、自らを「ヘロデ大王」と呼んでいたのですが、「アレキサンダー大王」のような偉大な王もいましたが、それとは天と地ほどかけはなれていました。
厳密に言えば、彼は王ではなく、ローマ帝国から支配を任された領主といった方が適切であるかも知れない。とは言うものの33年という治世は、その地の歴史の中では例外的に長いものであり、ユダヤ地方に秩序と安定を保った功績は小さくありません。最大の功績はエルサレム神殿の再建であり、現在でもその壁の一部が残されています。死海のほとりにあるマサダに建てた要塞は、ヘロデの権力を偲ばせるものとして有名です。
しかし、そのような繁栄と功績こそありましたが、その背後には、恐ろしい物語が隠されていました。王になったのは実力というよりローマ帝国に対するへつらいや駆け引きの結果でありましたから、当然、自分の地位を狙う者を、いつも警戒していなければなりませんでした。
ヘロデは、裏切りと陰謀には非常に過敏になり、密告などの結果、疑いをかけられた者の結末は悲惨です。処刑された者のリストには、最高法院の指導的なメンバーたちもいますが、妻マリアムネの弟、妻の母、3人の子どもたちの名前もあります。何とも恐ろしいことです。
そんなヘロデが、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか」という東方から来た旅人からの質問に、「不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった」と聖書が書くのは、当然のことです。
その東方から来た旅人に、王は平静を装い、エルサレムに居た学者たちに聞いた答えを聞かせた。新しい王の誕生はベツレヘムである、と彼らに伝えました。王は彼らをひそかに呼びよせ「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。私も行って拝もう」と言ったがヘロデの心には、まったく違う計画が潜んでいました。ヘロデは、自己保身というゆがんだ思いをもって、その直後、ベツレヘム中の幼子を虐殺してしまいます。主の一家は、かろうじてエジプトに逃れ、難民になりました。
これが、クリスマスの背景です。決して、きらきらした飾り付けで彩られている今日の商業化されたクリスマスのようではありません。それは恐怖、不安、悲しみ、そしてあきらめといった、暗黒と言ってよいでしょう。
毎年、アドベントに3回、クリスマスに1回、いずみ保育園で、クリスマスメッセージをします。このヘロデの話をしようとしたときに、主任が、その話はやめて欲しいと言われた。難民の子どもが多い、特殊な保育園です。もう30年も前になる1975年のベトナム戦争終結に前後して、ベトナム・ラオス・カンボジアから脱出した人々の家族が多いのです。殺戮、別離のために、悲しみ、痛みを背負い、いまだ記憶から消えない親がいる、というのです。聖書の話と自分と重なってしまう人々が、現に、ここにいる。現代も、聖書が描き出す、そういう時代だということです。

しかし、ここが大事ですが、クリスマスの本当の意味は、まさにその恐怖、悲しみ、不安と痛み、そこから始まるのです。
イエス・キリストが生まれたベツレヘム(ベ-ト・レヘム)という言葉の意味は、何か。ヘブライ語で「家」を意味する「バイト」と、「パン」を意味する「レヘム」が合わさった言葉で、「パンの家」となります。
主は、自らヘロデによる殺害を逃れ、その地上での歩みのすべてをかけて神の国を宣べ伝えられました。ヨハネ6:48~58に、たとえばこのような言葉があります。「私は命のパンである。・・・これを食べるものは死なない。私は、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。私が与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである」。
「このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。」イエス・キリストを食べると言うのは、命のパンであり、天から降ってきた生きたパンであるイエス・キリストを、信じ、心に迎え入れる、ということを意味します。イエス・キリストというレヘム(パン)を宿すバイト(家)・・・それは、私たち自身だということなのです。
もし、私たちがイエス・キリストを迎えることを自分に赦すなら、イエス・キリストは、ただちに私のパンになると言うのです。
この命のパンであるイエス・キリストがご降誕なさった所は、石灰岩をくりぬいて作られた、洞窟状の馬小屋だといわれます。その飼い葉おけに寝かされたのです。そこは洞窟が掘られるような傾斜しているところですので、馬小屋の上には、家があります。
家。人間の営み。端的に言えば、この世の世界、ヘロデの世界があった、その下に、イエス・キリストが、ご降誕なさった。
この世の中は、パンの家とはほど遠い。ヘロデだけではない。人々は罪に溺れ、自己保身に走り、まさに動物のような弱肉強食状態であり、神を失った人間の本能のままに暮らしていたのです。
しかしその下に、イエス・キリストが生まれた。もう、意味がお分かりでしょう。人間が人間らしく生きる糧として、パンとして、神の子イエスは、人間の生活の足元に、身を横たえたのです。そして、町は、世界は、ベツレヘム(パンの家)となるのです。
私のように、あたかも家の下に作られた馬小屋のような、汚れきった者、平和を望んでも、しかし苦しみに取り付かれたかのような毎日に生きるしかない、いったい私は何をしているんだろう、、、そういう存在を聖めて、イエスキリストは、この私をまことのパンによって生きる家、人生としてくださるのです。命のパンを食べる人は、そこから人間らしく生きる者に、死から命へと生まれ変わるのです。これがクリスマス。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」と聖書が言う出来事でした。

緑園の町があります。あの町は、よく設計された町です。どういう意味かというと、元相鉄副社長、岡幸男さんが、一等地を教会のために用意したのです。教会が来て欲しいと、そのように町を設計した。
岡さんは、クリスチャンでした。彼は言いました。「相鉄は、町を作った。しかし、いくら人が住んでも町にはならないのです。そこに教会がなければ町にはならない」。イエス・キリストをパンとした「ベツレヘム(パンの家)」になれ、そういう祈りがあったのです。
イエスによって、人の心がベツレヘムになったとき、本当に、人は人になる。町は町になる。そのためにキリストは、馬小屋、町の下に生まれたのです。あなたも、今夜、このイエス・キリストを信じる人になってほしい。あなたの人生を「ベツレヘム」として欲しいのです。
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by rev_ushioda | 2008-12-24 23:59 | Comments(0)