「不易流行」

ゆうべ、TV番組「その時歴史が動いた」で、松尾芭蕉を取り上げていた。よく知られた「古池や蛙(かわず)飛(とび)こむ水のおと」。これが、歴史が動いた時だと言う。この捉え方を「不易流行」というのだそうだ。変らないものと変るものがある。それを一致させた。なるほど、古池という静寂、悠久。そこに、蛙の躍動と、静寂を破る「水の音」が重なっている。ずっと流れていく時間と、その時(瞬間)。グローバルと言っている全地球的場所と、私たちが立っているここ(この場所)。
芭蕉は、俳諧で不易流行を表した。私はテレビを観ながら、文学的センスとは別に、キリスト教の信仰を思っていた。イエス・キリストの福音という躍動によって、私たちの人生に、今、ここ、という場面が現れるのだ、と。イエス・キリストは、死んで、墓に葬られ、もうにおっているラザロに「出てきなさい、と大声で叫ばれた」とか、十字架の上で「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と大声で叫ばれたとか、不易流行という言葉が、ここに重なって聞こえてくる。その時、歴史が動いたのだった。

「古池や蛙飛こむ水のおと」 

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Commented by 海二 at 2008-07-10 05:09 x
Full I care car was to become me is not.

上の英語を思いっきり速く読んでみてください。さて、何という俳句になるでしょうか。
Commented by rev_ushioda at 2008-07-10 07:47
あ、は、は (^O^)
by rev_ushioda | 2008-07-10 07:42 | Comments(2)