「立場が変わると」

子どもの頃、山に入って、竹などを使って「隠れ家」を作った。竹やナイフ、ナタで手を切ったが、不思議に痛くなかった。湧き水のある小川でドジョウやフナを取り、田んぼで腕をドロだらけにして大きなザリガニを捕まえた。家の周りには家が数件しかなく、自然に恵まれていた。境目などなかった。
ある日、山が崩され、「町」ができた。それまで「組」「講中」しかなかったところに「ジチカイ」ができた。班ができ、美化デーなるものができ、いつもそれぞれにしていた掃除を一斉にする日だと言う。畑でいつも燃やしていた枯れ枝も、近所迷惑になるから、燃やしてはならない。ゴミ置き場が、いつも、きたないと言われる(通り沿いにあるため、収集日に関係なく放り投げていく人や車がある)。総会で決めたことだからあれをせよ、これをせよ、…
そういえば、アイヌも、そしてネイティブアメリカンも、こういう気持ちだったのかなあ、と・・・。 「ジチカイ」にどうしても反発を感じる気持があるのを分かってくれる人が、いるだろうか。元から住んでいた人の立場を分かるというのは、難しいことだ。こういう私だって、他者に対して、文脈を考えず(考えられず)ずいぶん勝手な見方をし、勝手なことを言い、押し付けているに違いない。そんなことを、ふと思った。

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by rev_ushioda | 2008-04-25 11:55 | Comments(0)