「神学校卒業式」

鈴木神学生の卒業式に出席した。ハンディを背負いながら、よくこの日を迎えられたと思って、心からうれしかった。
カンバーランドの仲間と一緒に撮った写真をながめながら思い起こすのは、ちょうど30年前になる、その年の3月に、私も東京東久留米にあった日本基督神学校(現東京基督神学校)を卒業したことだ。牧師たちが、その時も多数、卒業式に出席してくれていた。実は、この神学校に入学したのは私が初めてであり、通常、入学式には所属教会の牧師だけが出席するところ、中会の牧師たちがこぞって出席したので、「過保護」だとか何だとか言われた。そして卒業式にも、また多くの牧師たちが来てくれたのであった。そして、牧師たちと共に、神学校に行くこと、牧師になることに初めは反対していた父も、その日、出席してくれた。
今、振り返ってみて、そのような多くの期待に応えられただろうか、極めて怪しいものである。しかし曲がりなりにも今日あるのは、ただ、神の召命のゆえである。母の胎内にある時から(ガラテヤ1:15)、天地創造の前から(エフェソ1:4)選んだのだという神のゆえにだけ、私は、このつとめを決して放り出さなかったし、これからも自分以上でも以下でもなく、牧師であり続けるだろう。
鈴木兄も、ハンディを背負いながらであるが、しかし召された召しに従って、淡々と歩んでいくことだろう。心から応援したい。主の事のため、共に。
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ところで、古畑先生が持つ「忘」の字は、同窓会長として、メッセージで引用したものである。忘れてよいものは、学校の成績。忘れていけないものが三つ、いや四つある(箴言30章?)と。一つ・・・、二つ・・・、最後は、同窓会会員であること。同窓会費をよろしく、というもの。大うけに受けた挨拶であった。

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Commented by 海二 at 2008-03-10 22:24 x
カンバーランドにも吉本出身のお笑いさんがいらっしゃったのですね。何と粋な、何と温かい、何とうれしい古畑先生のお話だったでしょうか。それこそ「忘」れられませんね。永遠のキリ神同窓会長!
by rev_ushioda | 2008-03-06 20:51 | Comments(1)