「子どもたちの居場所」

昨日の礼拝に来た子どもたちは、フルメンバー、プラスアルファ。I 山さんのところの子どもたち、M橋さんのところの子どもたち、I 藤さんの子ども、Y名さんのところの子どもたち、そして教会員のM入さんのお孫さんたち、10人! 大人25人に子ども10人で、礼拝堂はいっぱい。・・・でも、子どもの礼拝が終わると、10人は2階に。で、いつもの25人に戻ったわけだが、やはり、神の家族。子どもと共にまもる礼拝は、すばらしい。うちの子は、幼稚園で団体生活に馴染めていないみたい、というその子も、午後は1階、2階をほかの子と一緒に走り回っている。これでいい。
ある記事に、こうあった。自分が小学校1年生の時だったある日、母にひどく叱られ、母の愛情の喪失、見捨てられ感に所在を失った。ちょうど植木屋さんが一仕事すんで廊下に腰を下ろして、今手を入れた植木を眺めていた。自然に、そばに座った。何ほどかの時間が流れたのか、植木屋さんが「お母さんに叱られたな」と言った。答えようもなく、黙っていた。しばらくして、また、独り言のように言った。「なあ、あの松の木はきれいだなあ」。また、しばらくの時が過ぎた。やがて、自分の中に安堵感が感じられた。そこで、「遊んでくる」と言った。植木屋さんは、「それがいい」と言った。
そこに自由と安全の雰囲気があったと、この著者は書いていた。教会は、子どもたちの居場所でありたい。ここに来た子どもの何人かは、確実に、心に痛みを背負っているのだから。

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Commented by 海二 at 2008-02-26 23:53 x
その植木屋さんに会いたい。
そんな人になりたい。
いい話ですね。
もしかして、この植木屋さんは、潮田先生?
Commented by 潮田 at 2008-02-27 22:24 x
σ(^◇^;) そんな人になりたい。
by rev_ushioda | 2008-02-25 15:57 | Comments(2)