「前夜礼拝 説教」

聖書
「そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出てきて通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。」マルコによる福音書15章21節

お葬式を準備しているとき、おつれあいのNさんとお話をしていて、思わず皆で大笑いしたことがあります。Sさんが入退院を繰り返しているうちに、家に帰ればすることもなく、食べたり飲んだりすることができるようなお店に、良く行くようになった。たまたま隣の席の二人の女性が、「英語を勉強したい」と話していた。それを聞いて、「教会で英語を教えている」と誘った。「だけど、教会だから礼拝に来なければいけないんだよ」。不思議に、そのうちの一人が日曜日の礼拝に来るようになったのです。皆、異口同音に「若い女の子が変なおじさんに誘われてメールアドレスを教えたり、ひょこひょこ出かけたりするものではない」と注意した。
それはともかく、礼拝に来てくれるのは大歓迎。皆、自分が大好きな、大事にしている場所に友達にも来て欲しいと思っているのに、なかなか来てくれないわけです。Sさんは、しかし、そういうふうに、いとも簡単に声をかけることができる不思議な人でした。しかしSさん自身は、その女性が教会に来る時は、なぜかそういう日はたまたま休んでいて、フラフラと遊びに行っているのです。いつも、すれ違ってしまうわけです。誘った相手が来ているのに、誘った本人が教会にいない・・・彼の名誉のため言いますが、別の日には、ちゃんと来ているのですが。そうこうするうちに、今度は、顔を覚えていないと言う。これは、弁護の仕様がありません。誘った人を覚えてなくて、しかもふらふらして、でも、誘われた人は来る。私たちは、ちゃんと毎週日曜日に教会に行っていても、誘った人は来ないのに、です。とにかく誘われた人が来て見たら、誘った人がいない。これもまた、Sさんらしいかと思うのです。

2005年3月27日、彼は洗礼を受けた。洗礼の準備の時に私は、彼に聞きました。洗礼の時には、誓約をしていただきます。その誓約の言葉に、次のような言葉があります。「あなたはイエス・キリストをあなたの主であると心から信じますか」。私は聞きました、これは、どういうことだと思いますか?私の質問に対して、彼は、こう答えた。「病院にいると、皆、死ぬ話をしている。しかし自分には行くところがあると思うと、死ぬことが怖いとは思わない」。
衝撃的でした。私が期待していた答えとは違ったのです。イエス・キリストを主であると信じるということをどう思うか、という質問に、普通、答える答え方というものがある。キリストは私にとって、云々。しかし、彼は全然違う答えをしたのです。「自分には行くところがあるから死ぬことが怖いとは思わない」と。私が知りたいのは、キリストをどう思うか、でした。うまくかみあっていない。自分のことしか、話していないのです。
しかし私は、そうだ、本当にそうなのだと思った。洗礼は、入院中に、外泊のときに受けられた。5年も病と、いえ、長く生きられないという思いもチラチラしていたはずです。そういう中でのことだったのです。イエス・キリストを主、救い主と信じるとは、結局、死を突き抜けることだ。死が終わりではない。そこからの始まりだ。そこから、キリストの命に引きだされることなのだ。私はそのように思い、これが、洗礼を受けるSさんの姿勢なのだと思いました。期待したとおりのことは言ってくれない。しかし、他の誰も口にしない言葉で、彼は、彼らしくキリスト教の洗礼を受けたのです。
「自分には、行くところがあるから、死ぬことが恐いとは思わない」。Sさんは、このことを病院で、人の言葉を聞きながら思ったのです。 「病院に入院すると、神さまを知らない人たちの健康への不安、生活への不安、死の恐怖、様々な不安があった。しかし、自分自身には心の平安、天国への希望、みんなに祈られているという安心を思い、自分自身でも気づかなかった神様の存在を知ることができ、洗礼を受けることにした」 これが、彼の洗礼の時の言葉です。Sさんが人生最後の2年間を生きる方向を決めた、決定的な瞬間でした。その後も、特別に何か生活の仕方が変わったわけではない。Sさんらしい2年間の生活をされました。しかし、キリスト者として天国を信じきった、イエス・キリストを信頼しきった、そういう意味で、死に対して平安に生きた2年間であったと思います。

彼は、今申し上げたように、必ずしもキリスト教信仰をきちんと整理できる人ではない。しかし、病院でハッとした。死を恐いと思わない自分を見いだしたのです。それには、思い当たる節があったのです。今までは何とも思わなかったのに、今、ここで改めて思ったのは、彼は、(行ったり行かなかったり…でしたが)教会に行ったことがあったのです。教会で幾度となく聞いて来たのは、永遠の命、神の国のこと、救いの希望でした。今、それを思い出したということであったと、私は思います。だからこそ、イエス・キリストが主であると聞いて、結論として即座に、死は恐くないと言えたのです。
この結論を引き出すまで、ずいぶん時間がかかったのです。初めは、つれあいが教会に行くからということで引っ張られていたと思います。嫌々とまでは言いたくありませんが、初めは、教会に行ったのは、少なくとも自分の意志ではありませんでした。

私は誰かが洗礼を受けると、聖書の人物の名前をクリスチャンネームとして差し上げています。Sさんの場合は、今日お読みした聖書の言葉から「シモン」でした。そうだ、Sさんはまるでシモンのように、半ば強制的に教会に行くようになったのです。このシモンという人は、田舎から都に出たら、ちょうどキリストが自分の十字架を背負って、刑場に行くところでした。見物していたら、突然、目の前で力尽きたキリストの十字架を替わって背負えと命令されてしまった人でした。何ということだ、とんだ とばっちりだと思ったに違いありません。
しかし、彼の子どもたちのことが、ここに書いてあります。どうやらこの二人の名前は、聖書を読んだ人々、教会の人たちは、良く知っていたようです。教会の仲間であったのです。それで、あのアレクサンドロとルフォスのお父さんという人は、シモンと言ったのだよ、主イエスさまの十字架をかついだ人だよ、…と書いたのです。

シモンの二人の子どもたちが教会の仲間であったということは、どういうことでしょうか。つまり、シモンは子どもたちにキリストを話したのです。しかも、とんでもない奴に会った、とずっと言い続けていたならば、子どもたちは、お父さんがひどい目にあったという教会に、果たして行ったでしょうか。そうではなかったのです。あの時はとばっちりだと思ったことを、後からイエス・キリストという方が良く分かって、彼自身がこのキリストの弟子になったことを意味しています。それで子どもたちも、教会に行くようになったのです。
私は、Sさんは、このシモンのように、ずいぶん長い間、無理に十字架をかついで来た人ではなかったか、と思います。しかし、結果として、そのことがきっかけになって、彼の人生を動かした、変えたのだと思います。少し無理して教会に行っていた。しかし、その時に断片的にでも聞いたキリストの言葉が、彼の人生の最期にあたって、残り2年間に、非常に輝く言葉になった。彼を平安に導く言葉になった。現実の病気の苦しみを超えて、彼の人生を支えるほどの言葉になったのです。
しかも、それは本当にSさんらしい、ひょうひょうとした生き方でありました。キリストに出会ったから、こうならなければならない、というものは、おそらくまったくありませんでした。Sさんらしく日曜日の礼拝を大事にし、Sさんらしく日曜日の礼拝を休み(!)、Sさんらしく人を誘い、Sさんらしく天国を仰ぎ見ながら、Sさんらしく旅立って行きました。

神さまは、Sさんを人生の最後で輝かせてくださった。あの時、無理にでも十字架をかついで本当によかった、と思います。このような、死を突き破る平安に導かれるのであるならば、私たちもまた、人生の途上において、Sさんの葬儀において出会った、イエス・キリストという方との出会いを、大事にして行きたいと思います。シモンの子どもがそうであったように、この葬儀を通して、皆ともにイエス・キリストがいます天国を仰ぎ望む者になれたらと思う。そういう残りの人生に生きることができたらと思います。皆、確実に、死を迎えるのだから。
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by rev_ushioda | 2007-06-12 06:53 | Comments(0)