「説教を本にする」

6月から、「使徒信条」の説教をする、と案内している。
そして、それを本にすると言ったが(←先のブログ製本に味を占めて)、だからと言って、今すでに、説教の内容(原稿)があるわけではない。説教は、いつもそうであるが、産み出されていくもので、初めからあるものではない。本にすると言ったが、しかしその内容(原稿)は、説教が産み出されるまでは、何もないのである。だから、ないものを本にすると言うのは、これは、かなりの冒険である。
説教は、実のところ毎週毎週、いつも未知の言葉を産み出す、冒険なのだ。この冒険に踏み出してこそ、説教が説教になる。
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by rev_ushioda | 2007-05-22 17:15 | Comments(0)