「一生後悔するような勘違いをしない者に」

灰谷健次郎という、児童文学者の作品『兎の眼』。学校の先生が子どもたちのために真剣に向き合っていく物語である。その中で、足立先生という小学校の先生が、ハンガーストライキをしている、そこに訪ねてきた子どもたちと、会話をする。

「先生、しんどいか」「うん、苦しい」子どもたちはどうしていいのかわからない、じっと足立先生の顔を見た。
「いま、空を見とったら流れ星が行きよった」「あの晩も流れ星が多かった」 「あの晩いうて」 「先生が生まれて初めてドロボーした晩や」 「先生がドロボーしたの」
「今みたいに腹がへって死にそうな時に、先生はドロボーした。一日に親指くらいのじゃがいもが五つ、ご飯はそれだけやねん。先生はお兄ちゃんと二人でドロボーに入った。こっそり倉庫に忍んで大豆やトーモロコシを盗んだ。怖かったなぁ。先生はドロボーが恐ろしゅうて恐ろしゅうてかなわんかった。だから、四、五回でやめてしもた。先生のお兄ちゃんはドロボーが平気やった。何回も何回もドロボーしたんやな。兄弟が七人もいたから、ツバメが餌を運ぶように何回も何回もドロボーしたんやな」
「おまわりさんに捕まらへんかったんか」 「捕まったで。何回も捕まった。けど、何回もドロボーした。先生のお兄ちゃんはとうとう少年院に送られることになってしもうた」。

「その日、先生のお兄ちゃんは死んだ」。

「先生のお兄ちゃんは、死んだとき、文庫本の『シートン動物記』がボロボロになってポケットに入っとった。何回も読んだんやろなァ・・・ ドロボーして平気な人間はおらんわいな。先生は一生、後悔するような勘違いをしとったんや。先生はお兄ちゃんの命を食べとったんや。先生はお兄ちゃんの命を食べて大きくなったんや」。

「わたしが命のパンである」(ヨハネ6:35)と言われた、主イエスの言葉と重なる。私たちは、一生、後悔するような勘違いをしない者となろう。
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by rev_ushioda | 2007-05-18 22:25 | Comments(0)