「東海道4日目 川崎~神奈川(横浜)」

今日は、川崎から神奈川(横浜)まで歩いた。歩いてみると、こんなものかと思う。こんなものかという意味は、意外と、歩けるものだということ。いずれにしても、ここまで歩いてみて、東京から横浜までの距離感覚が初めてわかったような気がした。そして、一日3時間半歩いても、疲れ方が違ってきた。さしあたって、健康であることの証拠かも知れない。
さて、川崎は、品川のように東海道を「売り込んで」いない。だから、それらしい(?)写真を撮るところがない。売り込まなくても、駅前ということで独自に発展してきたからだろう。しかし、そこを歩く人がいるのだ。勝手と分かっていても、旧東海道という「誇り」(?)を、もう少し持ってもいいのではないか。勝手に、そんなことを思った。
子安駅近辺に来ると、そこは秀子さんの地元になる。ここまで海があったとか、ここの漁師町は向うの漁師町と仲が悪かったとか、友だちがいる家がなくなってしまったとか、まだあるとか、あそこが教会学校の先生の家だとか。東海道の歴史に、秀子さんの歴史、人生が重なっている。

写真1 初めて見る一里塚
どういうわけか日本橋や箱根を描いた広重の絵があった。その他、色々な説明板や標柱が建っている。そばにいたおじいさんが、「この町の人はどうしょうもないよ。この神社だって、ほかから持ってきたもんだよ」と言っていた。確かに、何でも持ってくればいいというわけでもないだろう。
写真2 生麦事件現場
街道沿いの住宅の塀に掛けられていた案内板。
写真3 当時の生麦
写真4 ヘボンが開業した宗興寺境内にて
当時、外国人の居住に寺などが充てられていたが、それを快く思わない住職もいて、良泉寺の住職などは本堂の屋根をはがし、修理中であるとの理由で、幕府の命令を断ったとか。そういうことや生麦事件が起ったりする中で、ヘボンは成仏寺という寺に住み、また病院を開業できたのである。

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by rev_ushioda | 2007-05-07 23:49 | Comments(0)