「今日までそして明日から」

♪ 私は今日まで生きてみました
   時には誰かの力を借りて
   時には誰かにしがみついて
   私は今日まで生きてみました
   そして今私は思っています
   明日からもこうして生きていくだろうと
  (吉田拓郎)

31年ぶりの「つま恋」。最後にうたわれた歌。
この詞のどこに「いい詞」と言わせるものがあるのか。

おそらく、ここで自分の弱さを隠さず、受け入れている点ではないか。
自分を受容しているのだ。
誰かの力を借りて、生きてみました。
誰かにしがみついて、生きてみました・・・
自分を包み隠さず、自分の弱さを自分でしっかりと受け止める、そうして生きてみました。
生きてみた・・・すばらしい実験だと思う。
「そして今私は思っています/明日からもこうして生きていくのだろうと」。
弱さの受容は、新しい明日につながっていくのだ。

「いい話」には、「裏」がある。

自己受容にしろ、他者受容にしろ、受容というテーマなり作業が、そこにはある。
受容があるとき、「いい話」が生まれる。
その反対に、自分を受容できないとき、また、人を受容できないとき、今までと同じパターンがこれからも続き、少しも「いい話」にはならない。

新しい明日に、生きたいものだ。

http://www.forlife.co.jp/yoshidatakuro/FLCF-29013.html
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by rev_ushioda | 2007-03-15 15:39 | Comments(0)