「そのとき思い起こす言葉」

子どもが教会にたくさん来ていた頃の話ですが、教会でバス遠足をしました。バスの中で子どもたちは大はしゃぎで、そのうちに遊び感覚だったと思いますが、こういうやり取りが始まったのです。

「あなたの生きる目的は何ですか?」

「神の栄光をあらわし、永遠に神を喜ぶことです。」

何とこれは、当時、教会で子どもたちに教えていた信仰問答の言葉でした。意味はわからないかも知れません。しかし、教会の言葉がこのようにすぐに口に出て来るということの素晴らしさを感じた一瞬でした。
私たちの日々の生活は、時間的にもこの世のことで一杯いっぱいだし、気持ちも、いつの間にかこの世の煩いに巻き込まれ、自分を失うことがしばしばではないでしょうか。チクショー、バカバカしいと思って投げやりになることもあれば、人への不平や批判、怒りに明け暮れるようになることもある。そのような時、自分を見失わないための言葉があるでしょうか。
もちろん、聖書の言葉です。聖書の言葉でも、礼拝の度に繰り返している同じ言葉となれば「十戒」や「主の祈り」です。さらに教会が産み出した言葉があります。上のような「信仰問答」や、また「讃美歌」もそうです。そして、もう一つ、教会で交わす私たちの言葉があります。私は、自分の言った言葉をいつも思い出せるわけではありませんが、よく人から言われるのは、「あの時、先生、こう言いました。」牧師としての言葉を覚えていてくださる。(忘れてほしい言葉のほうが多いかもしれませんが…)
聖書の言葉を暗記することは、得手不得手があるでしょう。しかし、毎週礼拝で口にする言葉や、歌う讃美歌、人との会話は意外と覚えていきます。途方にくれたり、困難な日は、必ずやってきます。その時に思い出し口ずさむ言葉を、私たちは教会の生活の中でしっかりと身に着けたいと思います。



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by rev_ushioda | 2017-07-09 17:55 | Comments(0)