「女性のつどい」

躍動する教会! 女性会の研修会に出席して、私たちカンバーランド長老教会に対して改めて感じた思いです。歴史を振りかえってみても、現在の教会の動きを見ても、伝道のために躍動している。それがカンバーランド長老教会です。
私たちは一つの教会で礼拝をまもり、交わりをし、教会の印象を持ちますが、大事なのは、その教会がどういう共同体に属しているか、ということです。目の前の教会が高齢化だとか、建物が貧弱だとか、経済が厳しいとか、当座のマイナス印象はあるとしても、どういう共同体に属しているか、それが大事です。
カンバーランド長老教会は、国単位で教会組織を作らない、めずらしい教会です。教会はアメリカ合衆国から始まりましたが、すぐに海外に宣教師を送り、今日ではアジア地域にも宣教地域が広がり、名実ともにグローバルな教会となっています。研修会では、私たちは境目を作らない、多様さを含んだ一つの教会、グローバルな教会であると言われていました。つまり、インターナショナルではないのだと。インターナショナル、つまり、ネイション(国家)があって、その境目をつないでいるという意味で、私たちの教会は一つなのではないのです。私たちの教会は、国境を越えて一つなのです。境目を作らない、「一つの」教会なのです。
それを後押ししたのは、女性たちの組織でした。男性は組織とか枠組みとかを大事にしますが、女性的な感性はそういう枠組みを自然に超えたのかも知れないなと、私は講演を聞きながら思いました。泉教会も、女性たちのキリスト者としての感性が、生き生きと用いられる教会でありたいと思っています。
さて、「共同宣教」試論は、そのような考え方を私たちの教会にあてはめて具現化するためにはどうしたらよいかということの投げかけです。この時のために私たちの教会があったのだ、と言えるものを、見えるものとして現したいのです。パウロが「渡って来てわたしたちを助けてください」という幻を見て、すぐ、トロアスから船出したように。

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by rev_ushioda | 2016-10-06 22:01 | Comments(0)