「牧師会の帰りに」

牧師会が東小金井教会であった。この教会は神学生の時、41年前に1年間研修で通った教会である。
研修が終わって、懐かしい道をいろいろ思いめぐらしながら帰る途中、足(すねのあたり)をつってしまい、座って痛みの去るのを待っていた。そこに、後からA先生が通りかかり、道に倒れている旅人を放っておけないと大変心配して戴いたが、大丈夫だからと先に行っていただいた。そのあと、数分ほどで痛みも去り、無事に帰宅。母の介護のこともあって家から出れないことが多くなり、運動不足がますます進んでいるようなので、最近、ステッパーという足踏み健康器具を買い求め、試しているが、まだ効果が出るには至ってないようだ。

振り返って、「発見される」というのは、うれしいものだと思った。
あの聖書に出てくる、強盗に襲われ道に倒れていた旅人も、きっとそういう気持ちだったであろうと思いめぐらした。

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Commented by boxy-diary at 2016-05-13 16:22
ウシオダ先生、東小金井ではあまり役に立たなかった半サマリア人のAです。小学校時代の友人がFacebookで、こんなサイトがあるよと紹介してくれたもの。地図好きの私としてはとても面白いのですが、街道歩きプロで旧国境などに興味をお持ちの先生にも興味深いのではと思っておしらせします。こちらです。・・・ と思ってサイトURLをはりつけたら、禁止されているそうでブロックされてしまいました(涙) 「相模国と武蔵国の国境を行く」で検索すれば出ると思います。僕にとっても、こどもの頃遊びまわったあたりの写真が出てきて、楽しいものでした。
Commented by rev_ushioda at 2016-05-18 23:48
そうそう… これです。見ていると、わくわくします。
私の家の前を通っていく道が国境で、国境線が引かれたのは分水嶺だったから。私は国境に立つ「国境の人」。「意味」を発見するというのは、こんなにうれしいものか、と。
by rev_ushioda | 2016-04-12 22:19 | Comments(2)