「復活の朝と茶色の朝」

イースターの朝、主イエスは「おはよう」と言われ、希望の朝を指し示されました。では、主イエスが声を響かせている「この世の朝」は、いったいどういうものでしょうか。
「だれかがドアをたたいている。こんな朝早くなんて初めてだ。…外は茶色。」 遂にその朝がやって来た、ゾクゾクっとするところで、その本は終わっています。そこまでたった29ページの『茶色の朝』という小さな本です。この本には、どこにでもありそうな街の淡々とした日常が、制度や法律によって少しずつ茶色に染まっていくという話が書かれています。茶色に染まるというのは、他の色は認めないという法律によって国民が支配されていくことです。
最初の頃、茶色じゃない猫をすべて始末するという「ペット特別措置法」が出された時、主人公の「俺」は違和感を感じ、胸を痛めながらも、何もしなかったのです。「茶色に守られた安心、それも悪くない」と思ったのです。しかし、そのうち気づくと犬、新聞、ラジオ、本… 次々と茶色以外のものは認められなくなり、とうとう昔、茶色ではない犬を飼っていたという理由で友人が逮捕されてしまう。どうして最初の頃に感じた違和感にきちんと向き合って抵抗しなかったのか、と後悔するのですが、すでに遅かった。ついに自分も、その朝を迎えたのです。

この本は、1998年、フランスの統一地方選挙で、排他主義的極右政党が躍進するに至り、危機感を抱いた著者が、出版したものです。そして2002年の大統領選挙で、なんと決戦投票にこの極右政党の党首が最終候補に残るに至り、危機感を持った人々が読んだのがこの本だったのです。
よその国の出来事ではありません。本の中だけの話でもありません。私たちの国で、たとえば「国旗国歌法」で信教の自由の侵害が起こっています。「秘密法」で、知る権利が奪われています。「戦争法」で他国と一緒に戦争が出来る国になりました。さらに、政府は改憲によって緊急事態条項を導入、基本的人権に制限をかけようとしています。…今、日本で、この本の通りの事実が着実に起こっているのです。
「だれかがドアをたたいている。こんな朝早くなんて初めてだ。…外は茶色。」キリスト者としての信仰の自由、そして私たちの持っている人間性が奪われる、その「茶色の朝」が来た時では遅いのです。主イエスが「おはよう」と言われ、新しい希望の朝を創造されたのは、どのような状況であったかをよく知っておきたいと思うのです。

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by rev_ushioda | 2016-04-01 12:04 | Comments(0)