「神の言葉は動く」

私は、希望が丘教会の礼拝人数が激減し、最低を記録した年に教会に導かれました。その時のチラシには「あなたの悩みは解決できたか」と書かれていましたが、この言葉は、礼拝人数が下がり続ける教会が、自分に向かって言うような状況だったと思います。
当然、「今は教会の内側を整えるべき時だ」という声もあったのです。しかし、「御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても」(テモテへの手紙 二 4章2節、口語訳)。この言葉に励まされて、チラシを準備して出て行った、と聞きました。そこで配ったチラシの一枚が、私を捕えたのです。
教会に行って初めて聞く言葉は、高校生の私にはほとんど分かりませんでした。しかしそれでも教会に行き続けた理由は、いろいろあるにしても、やはり最終的には聖書の言葉だったと思います。私は聖書の言葉と対話していたのだと、振り返ってみて今、思うのです。確かに教会はいろいろな試みをします。しかし、そのすること(しないことも含めて)それが、人を動かすことはないのです。聖書の言葉が人を動かすのです。そうであるなら、テアトルフォンテに出て行って聖書会をしたように、あるいは家庭集会でもいいのです。聖書の言葉を読む場を、紹介する場を、多く設ければいいのです。その場があれば、聖書の言葉、神の言葉は、みずから動き出すでしょう。

「わたしの口から出るわたしの言葉も/むなしくは、わたしのもとに戻らない。それはわたしの望むことを成し遂げ/わたしが与えた使命を必ず果たす。」(イザヤ書55章11節)

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by rev_ushioda | 2015-12-01 21:55 | Comments(0)