「修道院訪問」

今日、7人で藤沢修道院に行き、「十字架の道行き」の祈り体験をした。初めての体験であるが、手には「十字架の道行き」 (山下神父著)がある。それにしたがって、蝉の声が聞こえる木立ちの中に設けられたステーションを、祈りつつ、順にたどって行く。プロテスタントの私たちにはない、祈りの道行きだ。マリアに対する理解の違いは、申し訳ないが修正しながら、また、聖書にはない内容をもったステーションもいくつかあったがそれほど違和感なく、そのほかの記述に信仰的な立場の違いはほとんど感じられず、かえって霊的な洞察の深さに感動。歩を進めるうちに十字架の意味が体に伝わってくる。これがカトリックの信仰かと、それだけでわかるはずもないが、敬意の湧き出るのを感じた。

道行き最後は軽い坂になっていて、木立の中から、開けた明るいところに出ると、そこが復活の場面。またそこは聖堂の正面となっていて、待っていてくださったシスターに聖堂内に招き入れられた。エアコンが効いた聖堂に入り、一同、その質素さと意匠に感動。とにかく修道院の聖堂は始めてという人も多い。復活の場面の後、ということで、「主よ、おいでください/クンバヤー・マイ・ロード、クンバヤー/主よ、おいでください/おお主よ、クンバヤー」と再臨を待つ意味でこの歌を歌い、祈って、プログラムを終えた。

別室に案内され、用意してくださっていた、よく冷えたドリンクをいただく。木立の中といえ、のどが渇いていたので、おいしかったこと。被災地に贈るために作っているという、キリスト生誕場面の人形(ナティビティ)を院長のシスターが見せてくださった。この部屋はいつもはそのための作業場だということ。修道女は20数名で皆、高齢者だという説明に、「若い人は入ってこられないのですか?」とお聞きすると、(存続のために祈っていると答えが返ってくるかと思っていたら)「必要がなくなればなくなるでしょう」と。シスターが高齢なので、今はいろいろなボランティアに支えられているという話も聞いた。逆に「教会の人数は?」と聞かれるので、「小さな教会です」と答えると、「教会は人数ではありませんね」と。修道院だからか、何か、洗練された人の言葉に私には聞こえた。

写真は、14ステーション。次は復活の場面となるが、ちょうど奥から光が射しているところが、復活の場面となる。そこがまた礼拝堂の入り口となっている。
さらに次の写真は、まったく関係ないが、聖堂にいた虫。めったに見ることができない「ナナフシ」だ。それだけ自然に囲まれているという証。
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by rev_ushioda | 2015-08-02 22:43 | Comments(0)