「中山道12~13日目 各務原/鵜沼宿~太田宿」

さて、1年ぶりに街道に立った。
去年も暑かったが、今年も暑い。しかし、今年は武器がある。男の日傘だ。(^^)v
これがなかなか良くて遮熱率が100パーセントに近いのだ。周りからの熱がなければ、確かに木陰にいる感じになる。ただし、傘を持っていると、ノルディック・ポールを持つことができない。写真を思うように撮れない。いろいろ不便はあるが、とりあえず夏の街道も怖さ知らずといったところだ。

各務ヶ原は岐阜の東、濃尾平野の東のはずれにある。前回(去年)、もう少し行けば鵜沼宿で、「岐阜三川(ぎふさんせん)」 三つ目の、木曽川と出会うはずだったが、しかし時間切れでリタイアしたその場所が、今回の起点となった。位置としては、地図の START 地点。国道で言えば、濃尾平野の中山道は、ほぼ21号と重なっている。

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距離としては二日間で16.2キロ。一泊二日では仕方がない距離である。

スタートしてしばらくすると、鵜沼宿への道案内があり、そこから宿内の道になった。右手に犬山城(国宝)が見えたが、その手前に十字架が見えた。当時は禁教下だったから、ありえない光景だなあ。高札に、こう書いてあった。きりしたんを見つけ申し出たら、「ご褒美として ばてれん 銀500枚、いるまん 銀200枚、〇〇(信徒と言う意味だろうか)銀100枚」と。高札の前で、私がそれだ、と言ってやった (^O^)

宿を抜けると、今はすっかり住宅地となった急坂を登る。これが「うとう峠」だ(摺針峠、今須峠に続く、確か3つ目の峠)。住宅地を抜けると、急に山道に入る。そこにあった看板。

「イノシシ出没のおそれあり。注意」
「マムシに注意」

来た~!!! 
だいたいイノシシに、どうやって注意したらいいのよ。出会ったら? どきどきして、後ろやら山の上の方を見て、足取りがおぼつかない私を置いて、妻は平気な顔して先を歩いて行く。度胸があるのか、何なのか。そういえば、妻の干支はイノシシだった… 足がすくむ思いで命からがら国道に出た。
見れば、木曽川の流れがそこにあった。ついに木曽三川の三つ目の流れだ。これから先、木曽路をずっと共にする川と、ここで巡り合った。JR高山本線 坂祝駅があって、そこで一日目は終わり。

二日目

二日目は、この木曽川の堤防を歩く。そのまま太田宿へ。ここの渡しは、「木曾のかけはし、太田の渡し、碓氷峠がなくばよい」とうたわれた中山道の難所。今は太田橋を渡って対岸へ。そこは「今渡」と書いてあって、昔は、この渡し場はもっと下流、宿のある方向にあったが、川の状況が悪化、渡し場は上流に移動したので、「今渡」だ。昔、幕府は、いくつもある川を自然の要害としたために橋をかけなかったが、なるほどと思う。

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今回初めて、往路は中央高速を使った。相模原市内で一般道を走るため、帰路は、渋滞をさけて東名を使ったが、いよいよ東名から中央への分かれ目に差し掛かったというのが今回の行程であった。これで西から来て濃尾平野を突っ切ったことになる。
最後に、1891年(明治24年)10月28日に、濃尾地方で日本史上最大の内陸地殻内地震があった。そのため、濃尾平野にある江戸時代からの建物はほとんどが倒壊して、今ある建物の多くは、それ以降のものであった。

帰宅後、さっそく「楽天」で“熊鈴”と“爆竹”を購入。イノシシへ対処法を書いたサイトをコピー。

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by rev_ushioda | 2015-07-21 23:42 | Comments(0)