「最後の七言」

時は受難節。しかし、十字架上の「最後の七言」ではない。

We’ve never done it that way before.
「私たちは今までそんなふうにやったことはありません。」
これは、話し合いを否定的に打ち切る常套句で、「最後の七言」と言われるものです。この道具を使うと、人の前向きな思考、やる気、成長したいと思う気持ちを落ち込ませるのに非常に有効です。
私たちは、常にこの効果的な道具を使いたい気持ちがあります。なぜなら、それによって同じところに留まり続けることが出来ます。何も試す必要はなく、危険な冒険をしないで済みます。安全地帯にいたいなら、この「七言」を使えばいいのです。We’ve never done it that way before.「私たちは今までそんなふうにやったことはありません。」

しかし、私たちは、そのように召された者だったでしょうか。
アブラハムには、「あなたは生まれ故郷、父の家を離れてわたしが示す地に行きなさい。」
漁師ペトロとアンデレ兄弟には、「わたしについて来なさい。人間を獲る漁師にしよう。」

私たちは、今まで、そんなふうに神に信頼して立ち上がったことはありません。しかし私たちは、神が招かれるならば、今までそんなふうにやったことがなくても立ち上がって行く者になるのです。私たちは、人がやったことをしようとしているのではなく、神が招くこと、神がなさることをしようとしているのです。私たちは、人の言葉、人の経験に制限されるのではありません。神の言葉をこそ心に記憶して、それに向けて出発するのです。

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by rev_ushioda | 2015-03-07 09:11 | Comments(0)