「囲いから出よう」

『ねずみくんのひみつ』という絵本があります。はなくそをほじるねずみくんを見た、ねずみのねみちゃんは、あひるに会って言います。ねずみくんが「はなをほじってた。」あひるは豚に会って、ねずみくんが「花をほったんだって。」豚は馬に、ねずみくんが「歯を折って寝てるんだって。」馬は象に、ねずみくんが「はねて、とんでるんだって。」と言うのです。
こういうことだから、こういう伝達を、面白おかしくゲームにもするくらいです。私たちは、聞いたことを、おそらく自分の経験や理解の仕方という枠の中で聞き、また、自分の言葉に変換して理解したり人に伝えたりしているに違いないのです。言葉を聞いて、勝手な解釈をするという、そういう聞き方があるのです。勝手な解釈というのは、健全な方向に進むことは稀です。『ねずみくんのひみつ』くらいならまだいいのですが、人間には防衛機制が働きますから、私たちのフィルターを通って変換された言葉は、不健全なほうに進みやすいのです。
創世記3章の「蛇の誘惑」などは、まさにそういう不健全な伝達を言っているところです。まず、聖書の言葉、神の言葉は、私の中で健全に受け止めているでしょうか。それとも「ねずみくんがはねてとんでる」ようなものに、なり下がっていないでしょうか。
元旦礼拝で、私たちは、良い羊飼いによって「囲い」から連れ出される者だと聞きました。主イエスに導き出され、自分の勝手な理解、勝手な言葉、人を混乱に招き入れる言葉から解き放たれる者に、私たちはなりたいと思うのです。
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by rev_ushioda | 2015-01-04 22:10 | Comments(0)