「受洗10年、20年、…50年」

妻が、受洗50年を迎えました。他教団で洗礼を受け、やがてカンバーランド長老教会に移り、こちらの方での教会生活がはるかに長くなりました。そして今年、受洗50年の節目を迎えました。
感謝を表したいということで感謝献金を届けるため、40年ぶりに横浜市内にある母教会を訪ねました。小学生から通い始め、高校生で親の大反対を押し切って受洗したその教会には短大を出て就職してからも通い続け、やがてカンバーランド長老教会に籍を移すまで、長くお世話になりました。礼拝堂は当時のままで、今もそこにありました。年月を刻んだ礼拝堂で、牧師夫人と語り合い、50年の信仰が守られたことを報告しながら、感謝献金を手渡してきました。
受洗して50年、この時に際して、一つひとつの節目を迎えることの意味を改めて考えました。10年、20年と、信仰生活の日々を積み重ねる、その節目を越える度、山登りならば「峠」を越える度に、後ろを振り返り、よくここまで登って来たという感動が溢れる。先はまだあるにしても、自分の居場所を確認する。そういう感謝を、献金で表わすことは、意味のあることだと思います。
人生に洗礼のしるしをつけたこと、いえ、神によってつけられたことは、「第二の誕生日」とも言える大事な節目だったのです。そこから自分と周りの見え方が変わったのです。そこから10年、20年、…50年と歩んできたのです。感謝献金を準備し、携え行く道で、神が私にしてくださったことを考えるのです。いえ、してくださらなかったことにも、また、意味があったのだと思うのです。さらに言えば、過去の歩みだけではなく、これからの自分の歩みにも目をやります。
第二の誕生日、洗礼記念日を、心からの感謝をもって、人生の一里塚として行きたいものです。

あなたは今、洗礼を受けてから、何年になるでしょうか?

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by rev_ushioda | 2014-11-15 13:27 | Comments(0)