「状況から学ぶ」

私たちは、今、自分に起こっている状況から、何かを学ぶ者でありたいと思います。思いがけないこと、驚きや、痛みや、悲しみや、怒りをこらえきれないこともしばしばあるかも知れないのです。それをそのままで終わらせることも出来ます。しかし、それで終わらせることなく、ぜひ自分を振り返り、周りを見つめて、そこから語りかけている何かを、学び取る者でありたいと思います。その「気づき」がずっと後であっても、状況が語りかける声、聞こえてくる声に、耳を傾けたいと思います。どういう声が聞こえるでしょうか。それはきっと、聖書の言葉、神の声に重なるものであることでしょう。

たとえば、私たちの教会の現状を言えば、これを書くのはまだ早いのですが、今年は、これ以上ない最悪の一年だった、と言うことが出来ます。召天者があり、高齢のため礼拝に出席できない人がおり、転居者が数人あり、その上にこの時期、転出や他教会出席者が数人、さらに病気療養の数人が重なり、それが息つく暇もないほど、次から次に起こったのです。28人平均の礼拝から18人平均の礼拝に一気に下がりました。小さな教会でこんなことが起こったら、教会はつぶれるほど、どこの教会を見ても滅多にないことです。
そこで中会の伝道委員会に相談したら、「今の家を貸して、駅前に部屋を借りたらいいじゃない!」夢を語ってくれました。実際は家賃がまったく釣り合わないのですが、可能性の話だというところがいいのです。私たちは、すぐに「それは無理だ」と言いますが、そこには希望は生まれません。また、希望〇〇教会小会から、最近バザーをしたばかりだというのに、「泉教会のバザーの品物を預かり、献品を足して小さなバザーをします。収入を期待するよりも、祈るために。」「泉教会でバザーを開く時は、応援に人を送ります。」という提案を戴きました。祈りを実行に移してくれる教会がある。正直、涙が出るほどうれしかった。

私たちは、確かに最大限に行き詰っています。しかし、状況から学ぶ者でありたいのです。そこには、普段なら見えない宝が隠されているに違いありません。今だからこそという思いで礼拝を大事にする仲間と共に、宝探しを続けましょう。

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by rev_ushioda | 2014-10-31 10:44 | Comments(0)