「山積みの答!?」

前回、「見上げてごらん、空の星を」と書きました。今日は、「見上げてごらん、神の答を」ということを書こうと思います。まず、今さらなのですが、良く知られた次の小話から始めましょう。

ある人が天国に行きました。ペトロが、天国の中を案内して見せてくれました。天国は美しい、素晴らしい所でした。
ところが、天国には似つかわしくない、大きな倉庫が立ち並んでいる所に来たので、「ペトロさん、あれは何ですか?」と訊きました。
「中を見せてあげましょう。」と言われて一緒に中に入ると、何と床から天井まで、びっしり荷札のついた荷物で一杯でした。ペトロは言いました。「地上の皆さんがお祈りをしたので、神さまが祈りの答をお送りになったのですが、みな宛先人不明で戻ってきたものです。」

私たちは、あれこれ祈っておきながら、神さまの祈りの答を待てずに、または気に入らない答が返ってきた時など、怒り、不安になり、または悲しみを感じて、さっさと祈りの席を立ってしまうのではないでしょうか。神さまの祈りの答は、「はい」か「いいえ」か「待ちなさい」です。しかし私たちは、祈った結果、自分に都合の悪い答が返って来ると、その答を受け取らないで、自分に都合の良い答を与えてくれる友人、知人の所へ走り、あるいは状況を作り出し、とにかく自分の欲しいものを受け取ろうとするのです。こうして、宛先不明の荷物が、また一つ、神さまの所に増えるわけです。
私たちは、神さまの玄関のベルを押すだけは押してすぐに帰ってしまうようなことはしないのです。祈るには祈って、しかし、さっさとその場を離れるようなことはしないで、神さまの答を必ず受け取る者でありたいと思うのです。
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by rev_ushioda | 2014-08-29 22:13 | Comments(0)