「殉教者のバトン」

私に洗礼を与えたのは、当時、希望ヶ丘教会を牧会されていた竹入悦夫牧師です。その父君である竹入高(たかし)牧師は、戦時中、特高警察に検挙され、教会は解散を命ぜられ、竹入高牧師自身は、1年3カ月後に及ぶ獄中で感染したとみられる結核が悪化し、突然保釈されると、すぐに命を落としました。かかわりを恐れてでしょうか、京都では葬儀を引き受けてくれる牧師は一人もいなかったそうです。
ある牧師が書いています。「留置場は3畳ほどの広さで鉄格子があり一番奥が便所で、新参者は便所の蓋の上に正座させられた。食事は茶碗一杯。寝具は綿が片方によって透けて見える、薄い人絹の布団、寒くて眠れず、凍傷のため足の爪が抜けてしまった」と。
 そういう中で「殉教」の死を遂げられた竹入 高牧師のご子息が、私に洗礼を授けた悦夫牧師です。そんな目に遭う父君を見ながら、なぜ、牧師になったか。聞いたことはありませんから、分かりませんが、いずれにしても父君の信仰を受け継ぎ、同じ福音の証人として牧師になる決心をしたのです。その牧師によって洗礼を与えられたのが、私なのです。
考えてみれば、私には、殉教者の血が流れていると言ってよいのかも知れません。殉教なんて、私には恐ろしくて考えられません。しかし、そんな迫害を受けるかどうかは別にして、手渡されてしまったのです。イエス・キリストのものとして、その国(天の国)の中を生きるように、というバトン。人に、将来と希望を与える、神の支配の中を生きるように、というバトンを。
そして今度は、私から皆さんに、殉教者の血が、バトンが、手渡されている、と言ってよいのかもしれません。大変なバトンを持つ牧師に皆さんは出会ってしまったわけです。しかし、そうでなかったとしても、前回は澤田美喜記念館の話を書きましたが、私たちは日本人殉教者の血の上に立ち、そのバトンを繋いでいるということは確かなのです。
竹入高牧師が牧会された教会は、今、山科の地にある京都復興教会として信仰を証ししています。私たちは今の時代、この地にあって、信仰生活をしっかりしていきたいと思います。権力によって解散を命じられてもいないのに、礼拝を手放すことのないようにしたいと思います。

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by rev_ushioda | 2014-08-16 18:29 | Comments(0)