「祈らないキリスト者?」

私は高校生のとき、駅前で受け取ったチラシを手にして、初めて教会に行きました。興味があるから教会に行ったので、聖書を知りたくて、礼拝だけでなく祈祷会にも出席しました。ところが、そこは祈祷会、当然ですが、祈りの場所です。聖書の学びを終えると、順番に皆がお祈りするのですが、私は聖書に興味はありましたが「神」を知らない人間です。「知らない相手に話(祈り)などできるか…」というわけで、私は、祈る順番が回って来ても祈らないのです。それでもいつか祈り出すんじゃないかと、周りの人はしばらく待つのですが、でも祈らないので、次の人が祈る。こんなことが1年、続きました。神を知らない人は、お祈り出来ないのではなく、しないのです。当然です。
しかし、神を知る人(キリスト者)は、お祈りする。これもまた、当然です。
赤ちゃんは、生まれれば毎日毎日、親が話しかけるので、いつの間にか、しゃべるようになるのです。親を知っている赤ちゃんは、こうして言葉を覚えるのです。神さまからいつもいつも聖書や礼拝を通して話しかけられている人(キリスト者)は、いつか、沈黙を破って、たどたどしくでも話し出さないでしょうか。話しかけられていることを知りながら、何も応答しないことは、あり得ないのです。神を知る人(キリスト者)は、お祈りをし始める。これは、当然のことなのです。祈らないキリスト者は、いないのです。
もちろん、赤ちゃんは、「あ~、あ~」から言葉を話し出します。キリスト者の最初の言葉は、何でしょうか。「神さま」という呼びかけのひとことでいいのです。または、『主の祈り』の冒頭の「天におられる私たちの父よ」でいいのです。本当に、それだけでいいのです。毎日、毎日、朝に番に、「天におられる私たちの父よ」と、それだけでいいから、繰り返してみてください。溢れる言葉が、いつか必ず、続いて出て来るでしょう。

 さて
 あかんぼは
 なぜ あん あん あん あん なくんだらうか
 ほんとに
 うるせいよ
 あん あん あん あん
 あん あん あん あん
 うるさか ないよ
 うるさか ないよ
 よんでるんだよ
 かみさまをよんでるんだよ
 みんまもよびなよ
 あんなに しつっこくよびな
(八木重吉)

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by rev_ushioda | 2014-07-24 20:19 | Comments(0)