「朽ちないもの一つ」

娘が幼稚園の時、一緒に遊園地に行ったことがあります。ボートがあったので、乗せてあげようと順番を待ち、いよいよ私たちの番になりました。しかしその時、娘が急に逃げ出してしまったのです。順番を待ちながら、娘はあの、ゆらゆら揺れる様子を見ていて、急に不安になり、逃げ出したのでした。
私は思います。足元が揺れる、気持ちがどうしても踏ん張れないということは、実は、誰にもあるのではないでしょうか。
実際、精神的に落ちこんだり、ましてや病気になったりした時は、人はボートに乗っているような感じになるものです。踏ん張れなくなるのです。足元が揺れてしまうのです。周りの人は、「頑張りなさい」「しっかりしなさい」「そのくらいできるでしょ!」と言いますが、どうしてもそれができない時があるのです。もし、一緒に舟に乗ってみてくれたら分かるはずなのに、そのように声をかける人は、見れば、陸に立っているのです。そういう人に限って陸にいて、自分の足はしっかり大地に立って、ボートに乗って揺れている私に向かって、頑張れ、頑張れ、と声をかけている。
しかし聖書は、「キリストは神の身分でありながら、・・自分を無にして・・人間と同じ者になられた」と言っています。キリストは神の身分を離れ、つまり、先の話ですと陸地からボートに移って「本当にずいぶん揺れているね、これでは不安だね」と言ってくださっている、と言うのです。そしてここが大事ですが、私たちが今、直面しているそのところ、まさに私たちの現場から、神は救いのドラマを始めてくださるのです。
聖書にはこう書かれています。「神はその独り子・キリストを送ってくださった。それほど、あなたを愛してくださったのです。あなたが滅びないで、永遠の命を得るために」。─ ですから、あなたの舟にキリストをお迎えするなら、そこから、新しいドラマが始まるのです。「神は・・それほど、あなたを愛してくださった」からです。

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by rev_ushioda | 2014-06-27 10:42 | Comments(0)