「新しい人」

ブラジルから日住慎一兄が52年ぶりに帰国され、先週、礼拝で証をしていただきました。日住兄はブラジル東北部バイア州(フランスよりやや広い)に唯一の日本語教会、マッタ・デ・サンジョアン伝道教会の会員です。52年前、故郷、佐世保を離れ、40日間、船に乗ってブラジルのサルバドルに家族と共に移住しました。移住地に着き、さあ、これからだという1週間目、その日に何と、お父さんが交通事故で亡くなってしまったのです。お母さんは、ブラジル移住に反対でした。その見知らぬ土地に、右も左も分からないまま、子ども3人を抱えて放り出されてしまいました。それからというもの、何もない土地でどんなに苦労したか。そのお母さんの姿を考えるだけでも、日住さんは今も、辛くなると言われます。それから5年経って、今度は、そのお母さんも亡くなったのです。子どもたちだけがとり残されました。それからというもの、とにかく頑張って頑張って、ついに半世紀たって、今回、52年振りにようやく帰国できたのです。
日住兄は、教会に行くようになって、人生はすべて変わったと言われました。景色が変わったと言われました。感謝に変わったと言われました。「あなたがたは以前には…この世の中で希望を持たず、神を知らずに生きていました。」しかし、今や、一人の新しい人になった、とエフェソの信徒への手紙2章は述べています。教会に行くようになってそのように変わった日住さんを見て、52年前に同じ船に乗っていた人が、イエスさまを信じるようにもなりました。
8年前の新聞に「ドミニカ訴訟」「国の移民対応『違法』」という記事が出ました。戦後、日本政府がドミニカに移住者を送り、約束と違う過酷な環境に置いたのは違法だというのです。訴訟のためにわざわざ来日して政府を恨み、人をうらみ、天を恨む。当然のことです。日住さんも「この世の中で希望を持たず、神を知らずに生きていました。」しかし教会に行くうちに、神さまは日住さんをとらえてくださった。こうして「縦」の関係がつながると、不思議に「横」の関係も祝されていったのです。「あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもない。」「新しい人」が生まれました。
日住さんがいる同じ移住地に、佐々木さんという人がいました。移住直前に高座教会で洗礼を受けたキリスト者で、移住地で礼拝を始めた人です。佐々木さんは、こう言っていました。「イスラエルの民は、エジプトという外国で430年、奴隷だった。そこから神の民が生まれたのです。ブラジルの入植民も430年経てば、日本人でもブラジル人でもない、神の民という新しい民がそこに生まれる。それは神の業だ。私たちがするのではない。神がなさる。私たちはその神の業を証したい」
430年かかりませんでした。聖書が開かれ、キリストを礼拝するところ、そこに神の民、新しい人が生まれたのです。「移住40年『楽園』なかった」とドミニカ移住者は言っていますが、どこに行ったら「楽園」はあるのでしょうか。答は、イエス・キリストが礼拝される所に神の民、新しい人が生まれ、その人がいるところだ、ということです。
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by rev_ushioda | 2014-06-07 14:19 | Comments(0)