「すばらしい証の日に」

今年の「女性の集い」は、日本FEBCの代表を務め、現在は相談役、理事である吉崎恵子姉のすばらしい信仰の証を聞くことが出来て、200人を超える出席者一同、大変励まされました。お母様から、みことばの体験、祈りの体験、罪の赦しという三点を受け止めたことを証しされました。そしてマリアとマルタの記事から、二人共に必要とされたこと、マリアという御言葉を聞く女性が生まれるためにマルタが必要だったことなど、お話を聞きながら、感銘を受けました。
さて、その日、以下のニュースが流れました。憲法9条の解釈を変えて集団的自衛権の行使を可能にし、他国を守るために自衛隊が海外で武力行使できるようにする。安倍政権は日本をこんな国に作り替えようとしている。(毎日新聞)「戦争をしない国」という基本理念を見直すことを意味する。(朝日新聞)
はからずも、すばらしい恵みと祝福を受けて礼拝堂を出た日、流れたニュースが、上の内容でした。

私は、暫く前にここで、以下のようなことを書きました。
たとえば、元気がない池の鯉を治療して、健康を回復させ、池に戻します。しかし、元気がなかった理由は、池の水が汚れて酸素が不足していたからだとしたら、どうでしょうか。「伝道」によって、一人の人が神を信じるキリスト者として、世に送り出されます。しかし、そこが汚れて酸欠状態であったら、どうなのでしょうか…だから、生きていく場所をしっかりと残すことを、「伝道」に対して、「宣教」(説教をはじめ、教会の働きのすべて)と言っておきたいと思います。教会は、「伝道」と「宣教」と、この両方が必要なのです。

現内閣は矢継ぎ早に法整備をしていますが、目指すのは「美しい国」であり、それは、戦前のような君が代を学校でうたわせるなどの思想統制とか、情報操作とか、軍国主義回帰、憲法を都合の良いように変えようという強権政治を指しています。今回も、ニュースを聞きながら、私はそれこそ窒息しそうな気持でした。
私たちは、そういう世の中に生きていることに十分な関心を持ちながら、祈りの道を歩んで行きます。そして、そういう世の中に生きていることに十分な関心を持ちながら、福音を語ります。伝道します。そうでないなら、福音は、絵に描いた餅になってしまうでしょう。私たちは「空を打つような拳闘」はしないのです。

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by rev_ushioda | 2014-05-17 10:21 | Comments(0)