「Zライトに思う」

「心に翼を」。電車の中で、そういうポスターを見たことがあります。それはある航空会社のポスターでしたが、何か私たちの心をくすぐるキャッチフレーズではないでしょうか。だれも皆、心に翼をもって自由に生きたい、そのように思っているのです。しかし現実は、生活や職場での問題が心の重たい荷物になっているし、人間関係も窮屈にしか感じられない。心の不安がなくなることはありません。何か失速して、墜落しそうです。 私たちは、なぜ、心が自由になれないのでしょうか。
私は、ある時「Zライト」というスタンドを見ていました。アームが折れ曲がってくれるので、机の上で明かりを照らす位置を自由自在に変えられ、便利な照明器具です。ところが、これを外して、付け変えようとしたところ、バネによってアームが跳上り、不自然な動きをして非常にやっかいなものに変わってしまったのです。なるほど、机に固定された時に、初めて、自由自在な動きができるのですね。そう言えば、家のドアが自由な動きをするのも、蝶番(ちょうつがい)に固定されているからです。
ひょっとしたら、私たちは、何にも縛られないことが自由なのだと、勘違いしていなかったでしょうか。けれど、何にも束縛されないでいることが自由なのではないようです。ただ一つ、大事なものに固定され、結ばれた時、私たちは初めて自由を持つのではないでしょうか。飛ぶことができるのです。
人間は、人生の設計者、創造の源である方から離れて、自分の知恵で生きることが自由なのだと考えたのです。その結果、机からはずされたZライトのように不自然な、調和のとれない動きしか、できなくなってしまったのです。
聖書は言います。「神に望みをおく人は新たなる力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない」。そうなのです。神に望みをおくのです。そこを軸にしてみるのです。そこから、人間らしい歩みが始まります。あなたにも、自由な自分を発見してほしいのです。

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by rev_ushioda | 2014-02-06 20:08 | Comments(0)