「キツネの襟巻」

群馬県に「わたらせ渓谷鉄道」があります。かつての足尾銅山に行く鉄道ですが、その沿線に「富弘美術館」があって、ある時、そこに行く機会がありました。そこには不慮の事故で車椅子の生活になった星野富弘さんという人が、口で描いた絵と詩が展示されています。その星野さんが入院中のことです。病院の廊下で、キツネの襟巻(えりまき)をしている人とすれ違ったのです。「からだの中をすっかり空にされ、皮だけになったキツネは、その人の首からずりおちないように、まるくなって自分のしっぽをかんでいた」。
その時のことは、星野さんにとって大事な経験でした。小学生向けの本の中で、次のように本に書いています。「(襟巻のキツネの目はガラスの目玉ですが)その目が悲しそうに見えたのは、そのガラスの目玉の中に、自分の心がうつっていたからかもしれません。わたしは、忍耐ということばがすきでした。わたしのところへくる手紙のなかにも、ずいぶんそのことばが見られました。でも、えりまきにされてしまったキツネを見たとき、たえれば、たえるほど、自分のからだに歯がくいこむような毎日をおくっている自分を見たような気がしたのです。そして思いました。いまのわたしにとって、忍耐などということばはいらないのではないか…」「動ける人が動かないでいるのには忍耐が必要だ/私のように動けないものが動けないでいるのに/忍耐など必要だろうか/そう気付いた時/私の体をギリギリに縛りつけていた忍耐という棘のはえた縄が/“フッ”と解けたような気がした」。
私たちは自分らしく生きることができないで、自分を愛するのは自分しかいないのにその自分を鞭打って頑張れ、頑張れと言っていないでしょうか。星野さんは「たえれば、たえるほど、キツネの襟巻のように自分のからだに歯がくいこむような毎日をおくっている自分だった」と言っています。皆さんに、星野さんも勇気付けられたキリストの言葉を贈りましょう。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタイ11:28)

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by rev_ushioda | 2013-12-28 10:04 | Comments(0)