「障がい美人」

昔、NHKの番組で、富永房枝さんという方のことを取り上げていました。先天性脳性麻痺で、上半身に著しい障碍を負っている方です。
ある日、道を歩いていると右手を盲導犬に引かれ、左手で子どもをだっこしている人に出会って、ふと、「かっこいい」と思ったそうです。それから彼女の生き方が変わったのだそうです。
それまで、夢を見ればいつも自由に動く肢体を持った自分の姿があった。そうであったらよかったのに、という思いが夢になったのでした。どうして、自分はこんな不幸なんだろうと、運命を呪うような日々だった。けれど、その盲導犬に引かれ、子どもをだっこしている人を見て「かっこいい」と思ってからは、「障碍美人」になろう、と思えるようになった。障碍を着ていこう・・・と思えるようになった。夢を見ても、障碍を持ったままの自分の姿が出てくるようになった。これからは、このままの自分を受け入れて生きていこうという気持ちでした。
私たちは、どうでしょうか。身体的には麻痺した体ではない。障碍を持っていないかもしれません。しかし自分の能力、性格などで不満(障碍)を感じています。あの人のようにできないとか、自分もそうあったら…、と夢を見ます。自分が自分を受け入れていないのではないでしょうか。
その人は盲導犬に引かれていたといいますが、聖書は、盲導犬ならぬ「良い羊飼い」イエス様に導かれている、私たちの姿を描き出しています。私たちは誰も、ああであったらよかった、こうだから自分はだめなんだと言っている、自分で自分を受け入れることができない、心に「障碍」があるようです。しかし、右手を「良い羊飼い」イエス様に導かれ「左手で子どもをだっこ」できるような「かっこいい」生き方があるのです。私たちは「障碍美人」になりたいと思う。
そういう生き方を目指す、みんなのキリスト教・泉教会に、あなたもおいでください。

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by rev_ushioda | 2013-09-09 22:26 | Comments(0)