「チラシの行方」

いよいよ来週、ホルンコンサートです。もちろん、コンサートと言っても、その意味は、伝道です。一度でも教会に来てほしい、一人でも多く私たちの信仰を知ってほしい、ということです。
このために、タウン紙『リベルタ』(泉区瀬谷区版)に広告を載せました。チラシ6,000枚は、皆さんが友人知人にご紹介してくださったり、教会周辺に配布したり、しかし主には新聞2社への折り込みで配布しました。こうして、友人たち一人一人に、そして6,000軒近い家庭に届けられたのです。
チラシは、しかし、いったいどこに行ったのでしょうか。
ヘンリー・ワーズワース・ロングフェローの詩に、「矢と歌」があります。

私は空に向かって矢を放ったが   I shot an arrow into the air,
落ちた場所は分からなかった。   It fell to earth, I knew not where;
矢はあまりに速く飛んだので     For, so swiftly it flew, the sight
私の目は方向を追えなかった。   Could not follow it in its flight.

私は空に向かって歌をうたったが  I breathed a song into the air,
落ちた場所は分からなかった。   It fell to earth, I knew not where;
歌の方向を追える鋭い視力の    For who has sight so keen and strong,
持ち主がどこにいよう?       That it can follow the flight of song?

後で知ったが、矢は折れずに    Long, long afterward, in an oak
一本の樫に刺さっていた。      I found the arrow, still unbroke;
そして歌は最初から最後まで    And the song, from beginning to end,
ある友人の心の中に残っていた。  I found again in the heart of a friend.

旧約聖書『コヘレトの言葉』11章1節を、ここでも引用しましょう。「あなたのパンを水に浮かべて流すがよい。月日がたってから、それを見いだすだろう。」
友人に手渡しても、新聞に折り込んでも、何しても人は来ない。全くの無駄な行為と思えるかもしれません。せっかく得たパンを水に流す事に何の意味があり、何の利益があるかと思うとき、しかし旧約の知恵者は言います。水に流したパンは、必ず「それを見いだすだろう」と。

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by rev_ushioda | 2013-08-29 23:36 | Comments(0)