「人の評価によらず」

大震災などが起こると、両親を亡くす子どもたちがたくさん出て来ます。その子どもたちは、突然、地震に見舞われ、目の前で親を亡くしたのです。そのショックは測り知れないものがありますが、彼らはその後も、周りから「しっかりしなさい」「いつまでも泣いていたら、死んだお父さん、お母さんが悲しむよ」と言われ続けてきました。私たちも、きっとそう言うと思います。しかし、彼らは励まされれば励まされるほど、「親のことは話してはいけないのだ」と、感情を押し殺していくのです。その結果、震災から数年経った頃、いつまでも悲しんでいる自分は「悪い子」「だめな子」、そのように表現するようになりました。彼らは、励まされて、どんどん苦しくなっていったのです。傷が深くなっていったのです。
「しっかり!」「頑張って!」…私たちの励ましの言葉って、一体何だったのでしょうか。何と相手の気持ちを考えてなかったことでしょうか。
聖書を見ると、「私はあなたを罪に定めない」という、キリストの言葉が出てきます。人々が、法という自分たちの枠組で、一人の、罪を犯した女性を追い詰めていったのです。この場合は励ましではなく、反対の裁きですが、励ましであろうが裁きであろうが、そういう自分の「枠」を相手に押しつけるという点では、同じことです。その時に、「私はあなたを…定めない」とキリストは言われたのです。「何かに定めるという枠であなたを見ない」と。人々がそれなりの自分の正当性、自分の枠で見ていた時に、キリストはそういう枠組では見ない、と言われたのです。
私たちもまた、ひょっとしたら人の様々な評価で、押し潰されそうになっています。自分はだめだ、と自分を苦しめているのです。しかし、そうではないのです。「私はあなたを…定めない」と、キリストは言われている。この方の前に立ってごらんなさい。あなたは、やり直せます。あなたは、変わります。あなたは、自分を取り戻せるのです。

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by rev_ushioda | 2013-07-21 08:00 | Comments(0)