「選挙も信仰の行為」

7月21日は、参議院議員選挙です。一人一人が、祈りつつ、判断と選択をしていきたいと思います。
私たちは信仰告白で次のように言い表しています。

「人々は、与えられている機会を用いてこの世の政治に参加し、特に、選挙権を行使する義務がある。」(『カンバーランド長老教会信仰告白』6:28)

政治の目的は「被造物が正義と秩序の原理のもとに生きることができるようにする」(同6:27)ことですが、そのことを為す為政者を選ぶ義務を、私たちは大事にしなければならない、と考えるのです。神は、キリスト者ではない者をも用いて、この世の秩序を維持して(治められて)いるのです。世俗のことだと言って、この世のことに無関心になることは、神の意図を受け止めない、大きな間違いです。棄権することは、信仰のありかたではないので、そういうことのないようにしたいと思います。
それにしても、倦怠感がただよう時代に威勢のいいことを言う個性的な人が現れると、人はいきおい、そこに惹かれていくわけです。また、自分の家の前の道路が良くなれば、という発想で為政者を選ぶ人がいます。選ばれる側も、自分の願いを実現するために憲法の改正を「謀る」ようなことをする。どうか私たちは短絡的、また、貧しい発想で、国政選挙にかかわることがありませんように。
私たちがとりわけ大事にしたい、そして見極めたい一つは、いわゆる「信教の自由」の原則を守ることに注意深く対応できる人かどうか、という点です。たったひとつであったとしても、その信仰の火を消さない、たとえそれが他宗教であったとしても、その人がよって立つ拠り所を大切に出来るかどうか、それは、為政者を選ぶバロメータになることでしょう。第二は、言うまでもなく隣人・時間的には次世代と共に生きる命と平和への道を大事に考えているかどうか。そういう意味で「正義と秩序の原理」を追い求めてやまない人を、この日、私たちは選びたいと思うのです。

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by rev_ushioda | 2013-07-20 11:00 | Comments(0)