「同級会に一人を減じたり」

昨日、日本基督神学校の同級会が、千葉にいる仲間の牧する教会を会場に開かれた。「全員」がそろって、本当によい時を共にした。
でも、実際は一人を欠いていた。この日は、3か月前に仲間の一人が天に移されてから、最初の同級会であった。T姉のそばにいつも一緒にいる、相思相愛の先生がいない姿を私は初めて見て、何とも、寂しい思いがこみ上げてきた。そして、セラ.G.ストック(Sara Geraldine Stock)の詩を思った。

 家には一人を減じたり、
 楽しき団欒(まどい)は破れたり。
 愛する顔平常(いつも)の席に見えぬぞ悲しき。
 さばれ(さはあれ)天に一人を増しぬ、
 清めら救われ全(まつと)うせられしもの一人を。

 家には一人を減じたり、
 帰るを迎うる声一つ見えずなりぬ。
 行くを送る言(ことば)一つ消え失せぬ。
 分かるることの絶えてなき浜辺に、
 一つの霊魂は上陸せり。
 天に一人を増しぬ。

 家には一人を減じたり、
 門を入るにも死別の哀れに堪えず、
 内に入れば空しき席を見るも涙なり。
 さばれ(さはあれ)はるか彼方に、我らの行くを待ちつつ、
 天に一人を増しぬ。

 家には一人を減じたり、
 弱く浅ましき人情の霧立ち蔽(おお)いて、
 歩みも四度路(しどろ)に眼もくらし。
 さばれ(さはあれ)みくらより日の輝き出でぬ、
 天に一人を増しぬ。

 実(げ)に天に一人を増しぬ。
 土の型にねじ込まれて、
 キリストを見る眼も暗く、
 愛の冷ややかなる此所(ここ)、
 いかで我らの家なるべき。

 顔を合わせてわが君を見奉(みたてまつ)らん、
 彼所(かしこ)こそ家なれまた天なれ。
 
 地には一人を減じたり、
 その苦痛、悲哀、労働を分かつべき一人を減じたり、
 旅人の日毎の十字架を担うべき一人を減じたり。
 さばれ(さはあれ)贖(あがな)われたまいし冠を戴(いただ)くべきもの、
 一人を天の家に増しぬ。

 天に一人を増しぬ、
 曇りし日もこの一念に輝かん。
 感謝讃美の題目更に加われり、
 われらの霊魂を天の故郷に引き揚ぐる鏈(くさり)の環
 更に一つの輪を加えられしなり。
 家には一人を増しぬ、
 分かるることの断えてなき家に、
 一人も失わるることなかるべき家に。
 主イエスよ、天の家庭に君とともに坐すべき席を、
 我らすべてにもあたえたまえ。
 
 (S.G.ストック作詩 植村正久訳。『信徒の友』2007年4月号)
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Commented by 海二 at 2013-07-04 09:39 x
来年はそちらで、どうぞよろしく、みこころなら・・・。
Commented by rev_ushioda at 2013-07-05 00:36
みこころなら、来年はあちらで。
Commented by 海二 at 2013-07-05 11:42 x
天の泉教会・・・か。交通費かかんないね。
by rev_ushioda | 2013-07-02 13:30 | Comments(3)