「中山道4日目 愛知川宿~高宮宿 田園の道」

再び、中山道、愛知川。
前回は雪が残っていた愛知川も、4月も終わりともなれば、新緑の季節。まずは、多賀大社のおひざ元、高宮を目指すことにする。
この辺りは、水を張り、田植えを待つ水田が多い。そのためか、農業用の水路の水がどこも濁っている。水田からの帰りのトラクタ―が、わたしたちの横を、大きな音を立てながら、ゆっくりと追い抜いて行った。のどかな田園風景だ。水田の彼方を「東海道新幹線」が走っている。
豊郷という土地に来ると、「又十屋敷」という建物があった。北海道開拓で財を築いた藤野家の屋敷跡で、実は、この家は天保の飢饉のとき、二代目が窮民救済のために(地域経済活性化のために)建築したもの。いわゆる「お助け普請」と言うのだとか。近江商人の多くは、こうした目的のために普請(自宅や寺などの建築)を行ったのだと。
伊藤忠兵衛(伊藤忠商事の創始者)の生家が、また、この土地にあった。この人もまた、近江商人として近江麻布を売り歩き、成功をおさめた人であった。村で顕彰しているのだろうか、屋敷跡の公園に、堂々たる記念碑があった。それはともかく、兄弟会社「丸紅」社長、伊藤長兵衛は、1925年に私財と自宅敷地の大部分を寄付し、この土地に「豊郷病院」を、専務の古川鉄次郎は、彼の私財の3分の2の巨費を投じて豊郷小学校(ヴォ―リス設計)を建設している。街道沿いにあったので見ることが出来たが、立派な建物群であった。
こうしたことが出来たのは、ただ豊かであったから、だけでもないだろう。「お助け普請」という言葉が残った。

写真は、中山道を、「東海道」新幹線が走る田園地帯
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by rev_ushioda | 2013-04-29 21:44 | Comments(0)