「変に宗教的にならず」

私は、ある勉強会で、欠席された方にテープを録るようにしていますが、その日は、念のため、二つのテープレコーダーで録音しました。ところが、一つの方は録音ボタンを押さないで、再生ボタンを押していましたので、当然、録音されていませんでした。ああ、二つのテープレコーダーを用意しておいてよかったと思いました。ところが、録音されていた方のテープを高速で巻き戻したところ、古いテープだったからでしょうか、途中でテープが切れてしまったではありませんか。こうして2本とも、聞くことが出来なくなってしまったのです。
仕方なく、マイクに向かって2時間分の内容をもう一度、録音し直すことにしたのですが、半分くらい録音し終わった時に確認のために一旦、テープを止めたのがいけなかったようで、次に動かしたとき、オートリバースで反対方向に動いていたのを知らず、前半の録音の上に重ねて録音してしまいました。
それでも気を取り直し、もう一度、録音し直しとなりました。こうして、ようやくできたテープを聞いて、唖然としました。何と、前に録音された音楽がうまく消えていなくて、後ろの方でシャカシャカと、音が聞こえるではありませんか。疲れが一気に出ました。大難産でした。

人生には、こういうことが起こらないでしょうか。次から次と嫌なことが起こります。事故に遭い、リストラでくびになり、よりによってそういう時に子どもが病気になる、夫婦仲が悪くなっていく、というようにです。すると私たちは、それ、方角が悪い、日が悪い、お札だ、お祓いだと、にわか宗教的になります。たまたま重なったことなのに、それもよく考えると、こちらの不注意であったにもかかわらず、宗教的になって、事柄の本質を見失ってしまうのです。
牧師が言うのもおかしいですが、変に宗教的にならない方がいいのです。キリスト教は、人に宗教的になることを勧めていません。そうでなく、逆に、事柄を冷静に見つめさせ、失敗をただし、しなければならないことに進ませていく、力と希望を持たせてくれるのです。

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by rev_ushioda | 2013-05-04 13:56 | Comments(0)