「和泉短大 創立記念礼拝説教(超要約)」

ヨハネ4:7-15 「泉になる人」 

和泉短期大学のモットーは、一言で言えば、「学生たち、愛の泉となれ」ということでしょう。しかし、愛というものは、そう簡単に湧き出るものなのでしょうか。
日本で大震災が起こると、皆、頑張れと言いますが、当事者はすべてを失って何を頑張れるのかと言います。親を失った子どもたちは、頑張ろうと言われても、涙が出て来る。だから、自分は親を悲しませているダメな子なんだと、自分を責めるのです。そのような子どもの心を受け止めるために「レインボーハウス」が建てられます。「ここだったら誰も頑張れと言わない。あなたでいていいよ」と。ですから、励まそうとして言う「頑張れ」は、必ずしも「愛の言葉」なんかではないのです。愛は、そう簡単に湧き出るものではない。
愛の泉になるというのは、子どもたちの気持ちに丁寧に向き合うことを言います。しかしそのためにはまず、愛の泉が、まず自分に向かって湧き出ているでしょうか。自分の気持ちがよく聞かれているでしょうか。今日の聖書の言葉は、キリストが一人の女性の心を解いていく物語です。彼女は、過去の様々なことによって、心を閉ざしていました。しかし、「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」というキリストの言葉に出会って、この女性はついに「渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」と言ったのです。
「その水をください」と言って、帰る所があるのです。私たちは、子どもに仕える前に、まず、自分をしっかり受け止める人として立ち上がって行きたいと思います。子どもに仕える時、もし、自分を愛することなく、人の目に真実を隠し、水源すらなかったとしたら、そのようではいい仕事が出来ません。子どもの溢れる感情を聞くことは出来ません。
私が出会ったA子さんは、福祉関係の施設に勤めましたが、不安が募り、その仕事を続けられなくなりました。お母さんの話では、A子さんが子どものとき、何気なく部屋をのぞくと、「A子ちゃん」が、壁に向かって頭をごんごんとぶつけていた、と。その頃、お母さんは病弱な弟のために一生懸命だったそうで、「A子ちゃん」は、周りから「いい子」と言われていたそうです。小さな子どもは、そのように家庭の問題を一身に背負っている。皆さんは、そういう子どもの気持ちを聞く人なのです。今日、ここで一人の女性と話しているイエス・キリストのように、です。皆さんは、これから出会う子どもにとっては、小さなキリストになるはずなのです。
そのような皆さん自身が、重荷を背負っていてはいけないのです。この女性のように、皆さんは、キリストの言葉を聞き、キリストの愛で、まず自分が満たされてください。次に、それを子どもたちに分け与える、そのような「泉の人」になってほしいと、心から願います。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2013-04-24 00:49 | Comments(0)