「思い込み」

私たち夫婦は昔、結婚25周年のときに、それを記念して、北海道に小さな旅をしました。旭川でレンタカーを借りて、美瑛というところに行きました。「丘の町、美瑛町」とパンフレットには案内されています。初めての北海道です。車を走らせてみると、さすがに広いなあ、と感心しました。何とかの丘というのがあるというので、行くことにしました。1本の木が見えた。ああ、この近くだろうと、車を走らせても一向に、それらしい目的地にならない。一面の畑、また畑、丘を越えると、また丘のつながり。その丘の向こうに遠く雪をいただいた十勝岳の山並みが美しく見えます。その中をどんどん車を走らせるうちに、元来た道に出てしまいました。変だなあと思ううちに、はっと、気付きました。あの木が1本立っていた、あの丘が、まさに目的地だったのです。美瑛は「丘の町」。大自然の丘そのものを見せていたのに、私のイメージは、有名な場所なら駐車場があって、土産物屋でもあって、旗か何かが立っていて、というように思っていた。東京や横浜のイメージで、「丘」を探していた。考えてみれば、おかしなことです。そして、まさにその目的地の真中にいながら、私のイメージが邪魔して、そこを通り過ぎてしまったのでした。勿体無いことでした。
イエス・キリストは「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことはできない」と言われました。「わたしは道であり、真理であり、命である」。しかし私たちは、私の北海道での失敗のように自分のイメージする道を通ろうとするのです。そして、探したけれどそんな道はなかったと言って、キリストの道を通り過ぎて行くのです。真理にも、命にも出会わなかった、と言って。キリスト教には、道があり、真理があり、命があります。どうかあなたのイメージで探さないでください。車でさーっと通り過ぎないで、あなたも日曜日、教会に立ち止まってもらえませんか。

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by rev_ushioda | 2013-02-23 11:53 | Comments(0)