「不安の力、悩む力、弱さの力」

ある時、書店で「不安の力」という本を見つけました。続けて「悩む力」という本も見つけたのです。このような不安とか、悩みとか、そういうマイナスの感情は、ない方がいいと考えていると、しかしそこに「力」があると言っているのです。そういえば「弱さの力」という言葉が、2000年近くも前の聖書に書かれています。パウロという人が「わたしは弱いときにこそ強い」と言っています。
なぜ、そのような不安や、悩みや、弱さが「力」になるのでしょうか。ないほうがいいに決まっていると思うのです。しかし、五木寛之さんは、不安は人間らしさのあかしのようなものだと言っています。不安がないなら、非人間的な生き方をしているのではないか、とさえ言います。確かに、不安や悩みや弱さという受け止め方は、皆、とても人間的な感情なのです。まじめに自分と向き合うからこそ、生まれる感情です。世の中の動きが妙に速くなる時、または周りの人間が歪んだ期待を自分に示した時、その時、自分らしく生きたいという叫びが、不安や悩みや弱さになるのでしょう。ですから、それがないなら、逆に何かで自分をごまかしているのかも知れません。
さきほどのパウロという人は、何か健康上の理由があったらしく、このとげを取ってくださいと、3回も、祈ったのです。その時にこういうキリストの声を聞きます。「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」。そして彼は「これは、思い上がることがないように私につけられたものだったのだ」と気付くに至り、そういう障碍を持つ自分を無条件に受け入れて、かえってそれを誇りとすると言いながら、こうして歴史に名を残す偉大な仕事をしていくのです。
不安や悩みや弱さは、人間の証しなのです。だからこそキリストは、その不安や悩みや弱さを持つ人間らしい感覚の持ち主を用いて、そこに本当の力を証ししてくださるのです。キリストは、あなたの不安や悩みや弱さを、きっと力に変えてくださるのです。


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by rev_ushioda | 2012-12-22 22:50 | Comments(0)