「戸塚から大山道に その3」

9月24日なのに、まだセミが鳴いていた大山道であった。

昨日の中会会議の疲れを吹っ飛ばそうと、仕事山積中ではあるが、とにかく飛び出した。大山道は、神経痛後の体調の具合をはかるバロメータであり、神経痛で萎えてしまった体のリハビリのためでもある。近辺(県内)の「街道/旧道」は、いい。思いついたら、いつでも道に立つことができる。

用田から、下粕屋(伊勢原)までの3時間。用田辻を出発、目久尻川を渡り、相模線を越え、相模川を戸沢橋で渡る。渡ると戸田、手前が門沢だから、明治以降、橋を架けた時に付けた名であろう。昔、ここは舟渡しで「戸田の渡し」と言った。しばらく大きな道を行き、渋田川にぶつかる。川に沿っていく道が粕屋と言う。宿場だったのか「粕屋下宿」のバス停があった。旧街道らしい趣のあるこの道は、今回の終点、国道246号の「下粕屋」まで続いていた。
ネットで借用した次の地図には始点の「用田」は書いてないが、新幹線の手前(右側)。クリックすると分かる。この地図ではゴールは法眼寺となっているが、私の場合は246まで(下粕屋)である。




出発点に着いて、地図を持って来るのを忘れたことに気づいたが、アトノマツリ。何とかなると思って、出発。帰宅して地図を見たら、何とかなって・・・いなかった。東海道の旧道を京都まで行った自負は大山道で打ち砕かれた。思いがけないところを進んでいるのだ。
旧道と言っても、東海道はさすがに権力が作った道。庶民の道である大山道と比べたら、あれでもまっすぐだったということに気づいた。というわけで、わき道がないので(ないと思って)ずっと車が行き交う大きな道を進んでしまったが、実は、旧道はとんでもなく大回りをしていたのだ(用田を出てしばらく行った辺りから、相模川までの区間)。それに気づかず味気ない道を進んでしまったわけで、旧道を辿るという主旨からは非常に逸脱するが、そこはFCを働かせて今日はそれで良しとした。

国道246号に出たところが「下粕屋」。大山は真正面のはずだが、東海大学病院が立ちふさいでいた。バス停は「粟窪入口」。伊勢原駅発、愛甲石田駅行きのバスに乗った。

f0086426_2012333.jpg
f0086426_20122415.jpg

大山への道しるべとなる不動明王も、さすがに現代は車が行き交う道路沿いにひっそりと佇み、そこにあることさえ気づく人もいない。周りを看板やら電柱やらで囲まれて、今、何を思うか。
f0086426_20124297.jpg
f0086426_2013070.jpg


にほんブログ村 旅行ブログ 歩く旅へ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2012-09-24 18:11 | Comments(0)