「無関心になるな」

今、9月のコンサートの案内を家々のポストに配っています。色々なポストがあるものですね。ポストの上から、いきなり、すごい顔をした犬が顔を出したかと思うとワンワンワン。この時には、それこそ腰を抜かしそうになりました。また、ポストに手を挟まれ、血が出ていることを知らずに血がついたチラシを投函したりしたことも ^ ^; そういう「攻撃型」のポストがあります。また、ふたを開けようとすると、バリッとふたが取れてしまった。どうでもいい、勝手にしろと言わんばかりの「厭世型」ポストがありますし、どこを探してもポストが見つからず、仕方なくその家を離れようとすると、柱や植え込みの影にそっと置いてある、「謙遜型」ポストがある。どう見てもポストはポストなのですが、どうやって蓋を開けたらいいのか分からない、新型ポストもあります。どうだと言わんばかりの「自慢型」ポスト。あるマンションに行きましたら、1階にまとまって置いてあるポストの1つや2つは鍵がかかっているものですが、ある所ではポスト全部に鍵がかかっていました。「完全防衛、人間不信型」ポスト。そして、チラシを入れると、後ろの扉がないか開け放しになっているので、スルッと向う側に落ちてしまう、「無関心型」ポストがあります。
人間の心のポストも同じかなあと思いながら、私はコンサートの案内を配っています。攻撃型、厭世型、謙遜型、自慢型、完全防衛・人間不信型、無関心型。今、私たちの心のポストはそのどれにも当てはまらず、福音の言葉、また、仲間の言葉、教会の言葉を、しっかり受け止めることができていると言えたらよいと思います。

ところで、色々な種類の受け止め方の中で、きついのは、無関心というところかなと思います。それは、キリスト者にも起ります。誰でも相手から何かの関心を示してほしいものですが、呼びかけても関心を示してくれないときは悲しくなります。教会として、何々しましょうと呼びかけられても、心が動かない。自分とは関係ない、そのように思ってしまうことは、ないでしょうか。週報箱(トレー)の中に、配られたものを溜め込んでいないでしょうか。教会の情報は、しっかりあなたの中に入っていますか。祈りになっていますか。それとも、適当に放置してありますか。無関心から教会の士気をくじき、キリストの体である教会を腑抜けにすることは、悪魔の常套手段であると思います。その手に乗ってはなりません。

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by rev_ushioda | 2012-08-19 13:11 | Comments(0)