「がっかりしたよ」

「今日は、がっかりしたよ」
ペンテコステの礼拝に、主な人たちが軒並み欠席した状況に、思わず吐露された老教会員の言葉。日本キリスト教団に長く在籍してこられた。福音派の諸教会は概して教会暦をそれほど重んじないが、日本キリスト教団は、至極当然であるが、3大節(クリスマス、イースター、ペンテコステ)は大事にするという伝統がある。普段、礼拝を休んでいる人も、良くも悪しくも、3大節礼拝だといって出席するのだ。
それと比して、先の突き上げる思いとなった。それぞれ欠席せざるを得ない事情は、私は、よく分かっている。しかし、そのこぼれる一言の前に、一人ひとりそれぞれの事情があることを説明などできなかった。「がっかり」という思いに対して、返す言葉もない。
礼拝は、もちろん神のためであるが、自分のためにという意味もあるだろう。しかし、また、仲間のために、という意味もあるのだ。礼拝に行って、仲間と会う。どんなに励まされて帰ることだろうか。それが、期待した3大節の礼拝に主だった仲間が軒並みいない現実。老教会員の失望は推して余りある。
仲間をがっかりさせてはいけない。礼拝は、守るものなのだ。

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Commented by ミリアム at 2012-06-01 00:36 x
言葉もありません・・・。
その上、私が新車のためのお祈りを求めるなど
あまりにも虫のよい話ですね・・・。

でも、その車で、私はこれからも

「ゆきなれた路の 
なつかしくて耐えられぬように
わたしの祈りのみちをつくりたい」(八木重吉)

と思います。
Commented by rev_ushioda at 2012-06-01 11:11
気持ちを吐露する言葉に説明などはできないから、すべて事情を知っている牧師は、こういうとき、辛い!^^; 一人ひとりが、それぞれにふさわしく、その「ゆきなれた」祈りの路をつくっていきたいですね。新車のための祈り、喜んでしますよ!
Commented by ミリアム at 2012-06-01 11:22 x
It's Nice!!
Thanks a lot !!!

「Be joyful always;
pray continually;
give thanks in all circumstances.」
by rev_ushioda | 2012-05-29 08:56 | Comments(3)