「受験する友へ」

あなたが、今、人生の節目に際して、努力を惜しまずチャレンジしている姿に感動をおぼえます。どうか、希望がかないますように心から応援します。
しかし私たちの希望は、必ず、その通りに実現するものではありません。私も、受験したところすべてに道が開かれ、そしてその道に進んでいたとしたら、今、牧師ではなかったのです。あのパウロ先生だって、行こうとした旅先を、幾度も変更したことが聖書に書かれています(使徒言行録16章6節以下)。行こうとしていた行き先を変更させられて、どんなに不甲斐なく思ったことでしょうか。肩を落としたことでしょうか。士気を喪失したでしょうか。私たちだったら、怒りや、不平、悲しみや将来への不安、いろいろな気持ちが噴出してくるでしょう。しかし、そうしたことの結果、パウロ先生はトロアスという港町に立つことになり、何とそこで思わぬ出会いをし、予期しなかった働きに立ち上がることになったのでした。そこから、「キリスト教」は、ヨーロッパに渡ることになったのです。自分がそのように用いられることになろうとは、挫折感で満たされていた時、いったい誰が予測できたでしょうか。
道を開くのは、人生の主である神さまです。私たちが受験勉強という形で十分な準備をしていさえすれば、その人のためにもう、神さまは先手を打たれているのです。私たちにはなかなかその道が見えないので、とりあえず、自分の希望するところを目指しますが、神さまの思いと一致していれば、その通りになるでしょう。しかし、あなたに対する神さまの思いが違うところにある場合は、違う道が開かれます。
自分が行こうとした道と違った場合は、頭が真っ白になり、頑張った人は、涙が止まらず、今まで感じたことがないような悔しい思いが沸き起こり、気持ちは極端に落ち込むでしょう。それだけ頑張ったから、当然です。しかし、離れたところからあなたを見れば、神さまが用意した別の道があって、そこに進むスタートラインに立っていることが分かるのです。
いろいろな道があるのです。一生懸命チャレンジして、そして開かれたその道に、正々堂々と進んでいくことができるよう、心から祈ります。

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by rev_ushioda | 2012-01-13 00:27 | Comments(0)