「子どもの洗礼に思う」

子どもたちの洗礼が続いている。きっかけは、昨年のサマーキャンプだった。漆間君のメッセージによって決心が与えられた。
それだけだったら、よくある話かも知れない。勢いで、ということが往々にしてあるからだ。しかし、まず洗礼を受けたのは4年生のEちゃん。その年のクリスマスだった。次に、中一のL君。今年に入って、春休みだった。次に、やはり中一のHちゃん。イースターだった。そして、昨日、6年生のCちゃん。みな、ばらばらに洗礼の日を迎えたのである。信仰はまだまだ幼いものであるが、しかし、それぞれが自分の洗礼のときをしっかり定めた、ということだ。それこそが、信仰告白であろう。
こうして泉教会は4人の小中学生の会員を含むことになったが、どこの教会も高齢化が進む中、私たちはこれからの教会形成について、子どもたちからの力強いメッセージを受け取ったのだと思う。
Cちゃんへの洗礼名は、「リディア」。フィリピで洗礼を受け、教会の草創期に生きた人である。

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Commented by megumiboxy at 2011-11-08 22:55 x
すばらしいですね。うちは、こどもたちの信仰育成という面においてうまくいっていないので、とても羨ましく思えます。ところで、泉教会には洗礼名を与えるという習慣があるのですね。それは注目に値する実践ですね。
Commented by rev_ushioda at 2011-11-09 18:04
洗礼名、小会で公認されたものではありません。泉での開拓のときから、思い切って始めました。聖書の人物名に限っています。その聖書個所から、聖書を読み開いていってほしいという意味だと、説明しています。
Commented by Nabucco at 2011-11-10 19:37 x
Cちゃんの受洗おめでとうございます!とても嬉しいです。これで泉教会員の平均年齢もグッと下がりましたね。子どもたちの信仰が育てられますようにお祈りしています。
Commented by rev_ushioda at 2011-11-10 21:52
あのときの、あのキャンプがきっかけです。あの時は、子どもたちのために泊りがけで仕えていただきました、本当にありがとうございました。
by rev_ushioda | 2011-11-07 12:15 | Comments(4)