「生まれる前から」

私たち夫婦には、2人の娘がいます。けれども、上の子が産まれる前に、私たちは2人の子を流産で失っています。そして下の子が産まれるまでにさらに1人。こうして、3人を流産で亡くしました。ですから、上の子の時も下の子の時も、大事をとって妻は10か月間、完全に寝たままの状態でした。流産を繰り返す中で、病院も、普通では産むことが出来ないけれど、どうしても子どもがほしいという人が全国から集まってくるという、鎌倉の病院を紹介されました。それでも、上の子の時はいよいよ危なくなって、出産前の4か月間は、入院ということになりました。一生懸命でした。命と向き合う日々でした。幸い産まれてからは健康で、成人式を迎えた時、親ばかですが、イルカの「なごり雪」をプレゼントしました。「今、春が来て、きみは、きれいになった・・」鎌倉に通った日々を思うと、とてもうれしかったのです。人が産まれるというのは、当たり前ではない。あの時に読んだ聖書の次の言葉を、今でも宝物のように思っています。
「あなたは私の内臓を造り、母の体内に私を組み立ててくださった。…胎児であった私をあなたの目は見ておられた。私の日々はあなたの書(書物)にすべて記されている。まだその一日も造られないうちから」
私たちは見ることがありませんでしたが、造り主である神は、私たちの胎児を見ておられたのです。まだ一日も造られないうちから、もう、知っていてくださったのです。私たち夫婦は流産の子をこの手に抱くことは出来ませんでしたが、その理由もわかりませんが、神はその子も、一人の命ある人として天に迎えてくださったのです。何という慰めになったことでしょうか。
しかしこれは、流産の子どものことだけではありません。私たち一人一人のことでもあります。神さまは私たちを、実に産まれる前から、目の瞳のように慈しんで愛していていてくださったのです。そしてこの世に生を与えてくださった。人が産まれるというのは、創造主のわざです。命を創造する方に、あなたにも出会っていただきたいのです。

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by rev_ushioda | 2011-09-05 17:40 | Comments(0)